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連載⑧ PitchforkはFiona Apple最新作の何を評価したのか?

 2020年も5ヶ月が過ぎてしまいました。例年にも増して時間が早く過ぎ去っていく感覚がありますが、みなさんはいかがでしょうか?前回、前々回と今年の一曲をキーにジャンルの振り返りを行いましたが、今回は今年の出来事に焦点を当ててみようと思います。


 音楽界では今年もいくつか大きなトピックスが生まれています。
その1つに、PitchforkがFiona Appleの最新作『Fetch the Bolt Cutters』に満点をつけたことが挙げられるでしょう。2010年代中期以降の方向性の変化もあり、以前に比べ求心力を落としている感もあるPitchforkですが、やはり未だに影響力は大きく、お気に入りのアーティストの新作にPitchforkが何点を付けるか、気になってしまう方も多いのではないでしょうか(私もその1人です)。直前の満点が10年前(Kanye West『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』)であったこともあり、大きな話題を呼びました。


 では、Pitchforkは一体、このアルバムの何を評価したのでしょうか。
満点をつけた事実は伝わっても、肝心の中身は伝わりきっていないように感じます。そこで今回は、レビューを読み解きながら、出来る限り私見を排除し、Pitchforkが満点を付けた根拠を考えていきたいと思います。
 ※以下" "内の訳文は全て拙訳です。誤りにお気づきの際には是非教えてください。

 初めに簡潔にまとめると、今作が音楽的にも、メッセージの強さ的にも、Fionaがこれまで行ってきたことの集大成として開花している点を大きく評価しているようです。


 まずリード文を読んでみたいと思います。


"フィオナ・アップルの5thアルバムは解放された、野性的な日々の交響曲であり、強靭な傑作だ。どんな音楽もこれまで同じように響いたことはない"

 今回考えていく上で踏まえておきたいのは、Pitchforkが2013年リリースの前作『The Idler Wheel〜』についても、9.0点と高評価を付けている点です。今作のレビューにおいて、『The Idler Wheel』以降の転換を、"伝統的なポップソングからの脱却"と捉えており、『The Idler Wheel』を"彼女の音楽的なポテンシャルを初めて形にできた作品"と評しています。


 今作は、その流れをさらに強化するように、"彼女の歌声とピアノと言葉というコアの周囲を、ハンドクラップ、チャント、パーカッション、叫び声、息づかい、犬の吠える声などがグルグルと回って"おり、日々の生活を取り巻く野性的な交響曲となりえている、と評しています。


 では、なぜFionaの音楽において、"伝統的なポップソングからの脱却"や “解放された”、”野性的な”要素が必要なのでしょうか。レビューを読み解くと、それはFionaの音楽に一貫して流れるテーマが、男性性や父権主義に対する「戦い」であることが大きな理由のようです。


 興味深い比喩として、Fionaの初期と現在を「John LennonとYoko Ono」になぞらえて記述されている部分があります。初期が、Fionaが神と仰いでいたJohnに代表される、洗練されたポップソングを制作していたのに対し、今作はYokoが標榜する革命性に接近していると評しています。丁寧に「私は体制側が反撃する術を知らない、今まで体制的な考えから排除されてきた方法で体制と戦うことを好むのです」というYokoのメッセージも添えられています。“解放された”、”野性的な”フォーマットこそが、彼女のメッセージを発信する最適なものであった、ということのようです。


 そして前作で獲得した音楽的な力強さに呼応するように、前作では内省的であった歌詞も、投げかけへと変化している点を取り上げています。レビュー内で取り上げられているそれぞれの曲については割愛しますが、なんといっても”Fetch the Bolt Cutters(ボルトカッターを取ってくれ)”というタイトルが、イギリスのTVシリーズ『The FALL 』で、誘拐され閉じ込められた少女を解放しようとする警察官のセリフから引用されていて、「声を上げることを恐れないで」という気持ちをこめたものだということからも、Fionaのメッセージの変化が伺えると思います。


 少々長くなってしまいましたがまとめると、音楽的なポテンシャルを開花させた前作からさらなる進化を遂げている点、そしてその音楽的な発展に呼応するようにメッセージがより力強いものになっている点について評価し、前作から+1.0点となる満点を付けているようでした。

 最後に個人的な意見を。音楽レビューについては、点数をつけるという事柄も含めて、賛否両論あると思いますし、レビューなんて気にせず自分が好きなものを好きなように聴けばいいという意見にも賛同します。ただ私にとってレビューは、作品をより多面的に理解する助けになったり、「聴いてみたい」という意欲を掻き立ててくれるもので、音楽をより楽しく味あわせてくれる大切なものです。ある一つの視点からの評価を鑑みつつ、決して鵜呑みにすることなく、自分なりに面白さを見つけていくことで、音楽を聴く上での文脈のようなものに気づけたり、自身の嗜好をより深く理解できると考えています。


 拙い文ですが、今回の記事もそんな風にお役に立てたら嬉しいです。

https://open.spotify.com/album/0fO1KemWL2uCCQmM22iKlj?si=pDDDvhalTuaMOTarVk3uTA



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