だぶるの悲劇

結婚式
ウエディングドレスの花嫁が両親の前で手紙を読んでいる
もちろん彼女、ここまで育ててくれたことに感謝はしているが………

花嫁の名前は『むつ』
三代続いた地元では有名な果物店に生まれ
幼い頃から『むつ』というのはきれいなりんごの名で
イギリスではりんごの王様って言われていると聞かされてきた
でも、そんな話が説得力を持つのは小学校の低学年までで
中学に入ったら年寄りっぽいだの果物屋だからって安易過ぎるとバカにされ
店に立つと「りんご売ってるのが『むつ』なんて出来すぎじゃない」とか
「タレントで王林って子いるけどあんたも天然?」などとからかわれた
うっとうしい、一日でも早くこんな家出ていきたい
いつもそんなことばかり考えていた

『むつ』が大学に入ってひとりの男子に出会う
優しくて何より彼女の話をよく聞いてくれた同級生の神尾金之助
そう、彼もまた名前でイジられる人生を送ってきた
「親が時代劇好きなんだ」とか「クレヨンしんちゃんに寄せてる?」とか
勝手なことを言いまくられグレてそうになったこともあったという
二人の気持ちがどんどん重なっていく
名前だけでそんなに盛り上がるなんてと他人は笑うかもしれないが
愛は着実に育まれ
『むつ』が社会に出て三年目の誕生日、彼がプロポーズしてくれた
やった、コレで彼の姓になってきれいさっぱり果物屋の娘から抜け出せるッ

手紙を読み終え晴れ晴れとした顔の『むつ』
だが、彼女はこれから起こる新たな悲劇にまだ気づいていない


神尾むつ(紙オムツ)

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