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好きなミュージシャンの訃報が多すぎるのでみんなと寂しがりたいだけのnote


個人的に好きなミュージシャンがどんどん亡くなってきている。
1月にはジェフベックが亡くなり
全世界のギターキッズと悲しみを共有した気がする。

続いて同月にサディスティックミカバンドや、YMOのドラマーで有名な高橋幸宏が亡くなった。
YMO、METAFIVEなど大好きな自分はかなりショックを受けた。同時に追悼番組などが放送されその偉大さを改めて実感した。(細野晴臣も幸宏の追悼文で言ってた)

ハイスタの恒岡章、ツネさんの訃報は
横山健があるYouTubeチャンネルの動画で「ハイスタもちょくちょく動いていきたい」と期待を煽った翌日に流れたっけ。

さらに鮎川誠の訃報。
去年あたりからすでに病気を抱えていたという鮎川さん。「心配させちゃうから」と病気を公表せずにステージに立ち続けたという。
直近までステージに立ち続け、最後までロックスターして一生を終える姿は本当に鮎川さんらしいなと思った。

そして間を空けず坂本龍一が旅立った。いうまでもなくとても寂しい気分である。

この訃報を聞いた今日、僕は翌日の大学生活スタートへの準備中。
明日の朝早いのだけれど少しだけ坂本龍一の音楽図鑑を聴いた。
意外とポップで教授らしいのに
そんなには聴き込んでなかった音楽図鑑。
今日はどこか温かみがあって優しい感じに聴こえた。多分これから音楽図鑑は自分のお気に入りのアルバムの一つになっていくんだろう...




さて、友人がこんな事言っていたのを覚えている。「俺なんか人が死んだ時の追悼をTwitterでツイートするの嫌いやねん。追悼してる自分をみてって言ってるようなもんやん。そんなんファッションやん。」

僕はそうは思わない。

嬉しかったこと、悲しかったこと、
ちょっと腹たったこと、あと「これちょっと笑えるなw」みたいな小さい思いつき、
これらは基本的に自分の心の中で留めておくもの。
けれど時々自分の外側に出したくなるぐらいそれらが溢れる時がある。

とびきり嬉しい感情をそのまま抑えていたらきっと勿体無いし、
怒りの感情を外に出せば最悪、暴力行為になりかねない。
ツイートするということは自分にとって最もささやかで平和的な感情表現。

全員がそうじゃないだろうけど僕みたいな人はきっといる。

好きなミュージシャンの訃報も自分の想いと混ぜて呟くだけで寂しさを全世界と少しだけ分け合えている気持ちになる。そんな気持ちの発散方法だってあってもいいんじゃないかな、生きにくい世の中なんだから。

ここはTwitterじゃないけど今まさにこの記事こそがその発散の一つです。



ところで、大好きな音楽家が亡くなると
ご存命の時よりもその人が自分の近くにあるように感じられませんか?

いうまでもなく音楽家はエンターテイナーで
僕らはただのファンなわけでほとんどの人が
その音楽家と実際に喋ったり会ったことがある人ではないはず。
住む世界が自分と違うような
音楽家が突然亡くなると途端に人間味が増す。
するとなんだか自分とその音楽家がまるで古くからの親友であったかのような気持ちになるのだ。
それは今までその人の音楽を深く愛してきた証拠でもあるだろう。

これからも親友のような気持ちで音楽を聴こうと思った。きっとそれに気を悪くする人はいないよね。

大好きなLP


とりあえず音楽を聴いていようかな
サブスクとかレコードの中では別にいつも通り元気な声や演奏が聴けるから。
そうしていつまでも自分の支えになってくれてればいい。
これからもよろしくお願いします。



最後に、今年亡くなった俺の好きなミュージシャンたちがもし天国とかでセッションしてるならばアツすぎる。
ギター ジェフベック、鮎川誠
ドラム つねさん
ボーカル ユキヒロ
キーボード 坂本教授


死んだ時にベースでおっすーって入れるように
自分の音楽活動とかも頑張ってみることにする。
まだまだダメか。笑
人生まだまだ頑張ろう。

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