令和3年司法試験・民事系第1問(民法)再現答案
続いて民法の再現答案です。問題作です…
本文
第1 設問1
1 Aは、甲の所有権に基づく返還請求としてCに対し請求1を行い、また不当利得(民法(以下法令名省略)703条)に基づく返還請求として請求2を行っている。
2 Aの請求に対し、まず、Cは下線部アの主張としてDが甲を即時取得(192条)したことによるAの所有権喪失の抗弁を主張している。なお、Cは下線部アの主張として「Dから借りている」と、CD間の使用貸借契約(593条)による占有権原の主張もしているが、Dの甲の所有権取得によりAがその所有権を喪失すればAの請求は排斥される以上、抗弁として過剰である。
そして、Dによる甲の即時取得について、その要件は①取引行為によって、②平穏・公然・善意で③無過失に④占有を取得することであるところ、②は186条により、③は188条及び186条によりそれぞれ推定される。本件において、DはBから甲の代物弁済(482条)として甲の譲渡を受けており、「取引行為」による取得といえる(①)。次に、DはBから甲の譲渡を受けた際に「中古機械の販売業者から買った」との虚偽の説明を受けたこと、および甲に所有者を示すプレート等はなく他に不審な点もなかったので上記説明を信じて譲り受けているから、②③の上記推定を覆す事情はない。
そうすると、Dは指図による引渡し(184条)をもって甲の引渡しを受けているから、BのCへの指示に対するDの了承をもってDが甲の「占有を始めた」といえ、④を満たし即時取得が成立するとも思える。
3 もっとも、Aは下線部イの主張として、指図による引渡しをもって④の占有取得は認められないと主張している。かかる主張は認められるか。即時取得制度の意義及び「占有を始めた」の内容が問題となる。
⑴ 即時取得は、真正権利者の権利喪失という犠牲の下で譲受人の信頼を保護する制度である。そうすると、一般外観上従来の占有状態に変更をきたすなど、取得の保護に値するほどの強い物的支配を確立していなければ「占有を始めた」とはいえないと解する。
⑵ 本件では、Aが主張する通りBからDへの譲渡後もCが甲を現実に支配する状態に変わりがなく、Dは強い物的支配を確立したとはいえないとも思える。しかしながら、同じく外観上占有の移転がない占有改定(183条)と比べて、直接占有をしている第三者への照会を通じて譲渡がなされたかを明らかにできる点で、取得保護に値するほどの物的支配を確立したものと評価できる。
⑶ よって、指図による占有移転であっても「占有を始めた」といえ、判例も同旨である。そのため、Aの下線部イの主張は認められず、Dの即時取得が成立する結果Aの甲の所有権は喪失するとも思える。
4 しかしながら、Aは下線部ウの主張として、甲は令和2年4月10日に盗まれた「盗品」であるから、193条が適用され盗まれてから2年間はAが甲の所有権を有するため、Dの即時取得が認められてもCはAの返還請求に応じるべきであると主張することが考えられる。かかる主張は認められるか、193条の法的性質が問題となる。
この点、193条は所有権の回復請求権であり、同請求権を行使できる期間は当該動産の所有権は即時取得者に帰属するとの見解がある。しかし、193条は動産所有者に限らず被害者・遺失主に物の返還請求を認める規定であり、同請求を所有権の回復請求と解すると、借主等元々動産の所有権を有しなかった者が請求権行使の結果所有権を取得するという不合理な結果をもたらすことになりかねない。
よって、193条によって行使できる返還請求権はあくまでも所有権や占有権原に基づく返還請求であり、同条は被害者等が返還請求を行使し得る期間中、当該動産の所有権は原所有者に帰属することを定めた規定と解する。
そうすると、本件において193条が適用される結果、Dの即時取得が認められるにもかかわらずAが甲を盗まれてから2年間は甲の所有権はAの下に残ることになる。なお、Dは土木業を営むBから工作機械甲を買い受けており、「公の市場」や「その物と同種の物を販売する商人」からの買受けではないため194条の適用の余地はない。
よって、CによるAの所有権喪失の抗弁は排斥される。また、Dが甲の所有権を取得しない以上DC間の甲の使用貸借契約は他人物使用貸借となり、所有者に対し占有権原として主張できない。
したがって、CはAの請求に応じることとなり、Aの下線部ウの主張は認められる。
5 以上より、まず請求1は認められる。また、請求2については、CはBやDが甲の所有権を有しないことを基礎づける【事実】1及び2について善意であるから、当該事実を知るまでは善意の占有者として果実等の収受権を有する(189条1項)。よって、CはAから請求を受けた令和2年10月15日から甲がAに返還されるまでの間の使用料相当額を支払うべきことになり(189条2項、190条1項)、請求2はかかる範囲で認められる。
第2 設問2
1 小問⑴
⑴ 契約の性質や債務内容は、契約締結当時における両当事者の合理的意思を踏まえて決まると解する。
⑵ 契約①において、AとEは、Eが令和3年6月から10月までの5か月間、Aの事務所にて出張講座を開設し、週4日授業を行うこと、AはEに月額報酬として60万円、および同年の乙検定の合格者数に応じた成功報酬を支払うことについて合意している。また、契約①の締結に当たっては、Aが乙検定の通学講座を開設しているEに対しAの従業員専用の出張講座の開設を依頼したという経緯がある。
そうすると、まず、Eは上記場所及び日程で乙検定の授業を行うべき債務(以下、「本件債務」)を負っているといえる。また、契約①の性質について、Aが従業員をEの通信講座に通わせるのではなくEに出張講座を開設させる形式をとったことや、勤務場所・日時の拘束性があることからすると、EはAの使用従属する地位にあるといえる。そうすると、契約①は雇用契約としての性質を有する。
2 小問⑵
⑴ 請求3について。Eの8月分の報酬請求に対して、Aは令和3年8月31日の契約①の解除によりEの報酬請求権は遡及的に消滅したと反論することが考えられる。しかし、契約①は雇用契約であり、同契約の解除は将来効しか生じない(630条、620条)。よって、Aの解除によってもEの報酬請求権は消滅せず、請求は認められる。
⑵ 請求4について。Eの損害賠償請求に対して、Aは、上記の契約①の解除はEが本件講座においてAの受講者に対して適切な措置を講じなかった点で「やむを得ない事由」(628条本文)があったことにより行ったものであること、および当該事由につきAに過失はないためAはEに対して損害賠償義務を負わない(同条但書)と反論することが考えられる。
前述した契約①の締結の経過からすれば、Eは本件債務に基づきAの従業員の能力に沿った授業を行うことを義務付けられており、受講者の大半が汲々としており止めたいと言い出す受講生が現れるなどの状況では適切に本件債務の履行がなされずAにとっては解除につき「やむを得ない事由」があったといえる。また、かかる事情はEの方針により生じたものであるからAには過失がない。
よって、Aの反論が認められ、Eの請求は認められない。
第3 設問3
1 小問⑴
⑴ 500万円全額の支払拒否について
Fは、本件債務につき消滅時効(166条1項1号)を援用し、保証債務の付従性により自身の保証債務は消滅したとしてHの請求5を全額につき拒むことが考えられるところ、かかる主張は認められるか。
ア 消滅時効の主観的起算点である「権利を行使することができることを知った時」とは、権利の行使について法律上の障害がなく、かつその性質上その権利行使が現実に期待できる時を指す。本件において契約②による本件債務の弁済期は令和10年4月1日であり、同日以降はHによる履行請求につき法律上の障害はなく現実に期待できたといえることから、起算点は同日となる。
そうすると、令和15年5月10日の時点で消滅時効期間は満了しており、Fは援用権者(145条括弧書参照)として本件債務の消滅時効を援用できるとも思える。
イ もっとも、令和10年6月20日の時点でAはHに対して本件債務の弁済の猶予を求める書面を送付しており、Aによる本件債務の承認による時効の更新が認められる(152条1項)。そして、主たる債務者について時効の更新が生じた場合、保証人に対してもその効力を生ずる(457条1項)。そうすると、Aにつき生じた本件債務の消滅時効の更新はFに対しても及び、令和15年5月10日の時点で消滅時効期間は満了していないことになる。
ウ したがって、Fは本件債務の消滅時効を援用できず、Hの請求5に対して500万円全額を支払拒否することはできない。
⑵ 丙の売買代金100万円分の支払拒否について
ア まず、FはAが丙の売買代金100万円分につき相殺権を有することを主張し、Hの請求5に対し100万円分を拒むことが考えられる。即ち、Aの本件債務と、Hの売買代金支払債務は共に金銭債務であるから「同種の目的を有する債務」であり、前者は令和10年4月1日、後者は令和4年8月31日に弁済期が到来している。また、同時履行の抗弁権が付着した債権を受働債権とすることはできない(505条1項但書)が、丙はAからHに引き渡されておりAの有する売買代金債権に対するHの同時履行の抗弁は喪失している。
そうすると、Aの本件債務と、Hの売買代金支払債務は相殺適状にあり、Aは100万円の限度で相殺をすることができるためFは同額につき保証債務の履行を拒むことができる(457条3項)として、Fの上記主張は認められるとも思える。
イ しかし、Hは丙の売買代金支払債務につき消滅時効を援用することが考えられる。即ち、Aは丙の売買代金支払債務の弁済期である令和4年8月31日から履行請求につき法律上の障害はなく現実に期待できたといえることから、同日が「権利を行使することができることを知った時」となり、令和9年8月31日をもって消滅時効期間は満了している。よって、令和15年5月10日の時点でHは丙の売買代金支払債務につき消滅時効を援用することができ、これによってAは自働債権を失い相殺ができなくなるためFの上記主張は認められなくなるとも思える。
ウ もっとも、かかるHの主張に対し、Fは508条の適用により依然としてAの本件債務と、Hの売買代金支払債務は相殺できると反論することが考えられる。かかる反論は認められるか、508条の趣旨及び「債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた」との意義が問題となる。
㋐ 同条の趣旨は、相殺適状が生じたために債権債務が清算されると期待した当事者が時効の更新等を行わなかった結果、自働債権の消滅時効期間が満了した場合において、当事者の相殺に対する期待を保護する点にある。そうすると、「債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた」とは、時効が援用された時点で相殺適状が生じていたという意味ではなく、消滅時効期間の満了前に相殺適状が生じたことを意味すると解する。
㋑ 本件において、Aの本件債務と、Hの売買代金支払債務の間に相殺適状が生じたのは本件債務の弁済期が到来した令和10年4月1日といえる。しかし、同時点より前の令和9年8月31日の時点でHの売買代金支払債務は消滅時効期間が満了している。
㋒ そうすると、本件において「債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた」とはいえず、508条を適用してAの本件債務とHの売買代金支払債務の相殺を主張することはできない。
エ したがって、Hは丙の売買代金支払債務につき消滅時効を援用することによりAの相殺権を否定できるため、Fの上記主張はその前提を欠くことになり、FはHの請求5に対して100万円の限度で支払拒否することはできない。
⑶ 以上より、Hは上記額について支払いを拒むことはできず、請求5に対して500万円全額を支払うことになる。
2 小問⑵
⑴ Aについて。FはHに300万円を支払い、Hはその余の支払いを免除しているから、Fは「自己の財産をもって債務を消滅させる行為」(459条1項参照)をしたといえる。そうすると、FはHの免除を得るために支出した300万円につき、Aに対して求償請求することができる(462条1項、459条の2第1項)。なお、同項による求償請求は主たる債務者の現存利益額に限られるが、本件においてAがHに対して本件債務の弁済をしておらず、その他消滅時効や相殺の主張が認められないことは小問⑴の通りであるので、300万円全額の請求が可能である。
⑵ Gについて。FはGに対して465条2項、462条1項、459条の2第1項に基づき求償請求することができる。本件においてFG間の内部的負担割合に関する合意はないため、当事者間の合理的意思解釈に基づきその負担割合は対等と解されることから、Fは150万円につき請求できると解する。現存利益額として同額全額の請求が可能なことは⑴と同様である。 以上
所感
・設問2を見た瞬間、平成24年の「山菜おこわ」に関する問題が頭をよぎりました。契約内容の解釈を問う問題が出たらロクに書けないだろうとは事前に考えていたので、設問2を捨てて設問1・設問3で守りに行く方針に切り替えました。
・上で書いたと通り設問2を捨てたのですが、捨てすぎました… 焦りで雇用か請負の二択しか思い浮かばなかった時点でアレですが、もう少し粘れば準委任の構成は導き出せたかもしれません。
・設問3小問⑴は、答案構成が甘めだったため書いている最中の方針転換が発生しました(単にアの部分だけ書いて「相殺できます」と終わらせようとしたら「自働債権の時効消滅主張→508条の問題あるじゃん」と気づく→時効書いてるうちに「相殺適状の時期的に508条無理じゃね?」となる)。右往左往したとはいえ最終的な結論にはそれなりに自信があったのですが、分析会で講師の方にガン無視されたので間違っているのかもしれません。機会があればもう一度問題を解きなおしたいと思います。
・行政法同様、終わった後の周りの様子から相対的にはできたのではないかと判断しました。実際には設問2が完全に死んでいたのですが、当時は「大失敗はしていない」との認識を持てたためにその後の会社法・民訴法を比較的落ち着いて解くことにつながったと思います。
・(6月27日追記)実際の答案からの再現率ですが「おおよそ70%」という認識です。設問1と設問3はほとんど再現答案通りの構成・表現だったと思いますが、設問2は他の条文等も雑多に挙げたように思います。(まあ設問2を参考にする方はいないでしょうし問題ないかと…)
・(9月10日追記)出題趣旨(民法は4-9頁。いつもより長いですね)が出たので目を通しました。設問2はもはや言うまでもなくアレですが、
設問1において①所有権喪失の抗弁の内容としてDの即時取得が問題となる、という導入部分を抑えられた(なんなら占有権原の抗弁構成にケチをつけた)、②193条の法的性質を論じられている、③②の帰結(原所有者帰属説)を使用収益の返還請求が認められる範囲と関連付けて論じている こと、
設問3において508条の適用可能性につき平成25年最判を踏まえて論じている等、出題趣旨に合致しつつも予備校の解答速報等には載っていなかった(=受験者の多くが落としていると予想される)内容に触れられているので民法全体としては比較的良い点数を取れたように思います。
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