靴底

※虫の話注意

※暴力の描写注意






小学生の頃。ある時、花壇を囲うレンガの上を這う蟻達を踏み潰した。私は他者の生命を蹂躙する事に関心がないタイプの子供で、また、小さな生命を慈しむ優しさも持っていた。しかしその時は強い衝動に突き動かされるように足を上げ、硬い靴底でレンガを蹴りつけたのだ。憎しみにも似た情を無抵抗の生命に、たしたしと繰り返しぶつけた。そうしなければならないと感じた。その数秒の間に体長2ミリにも満たない小さな生命達は散り散りになった。自分の手――正確には足――によって呆気なく他者の生命が終わった。その事実が足の裏から染み込み私の全てに行き渡ったのもまた数秒間の事で、青褪めそうな心地で取り返しのつかない事をしたと悔いたものだ。私には他者の生命を弄ぶ力がある。その自覚は大きな恐怖を伴い訪れた。か弱い虫は誤差程度の力でも傷付き死に至ると当然の事を知った。ハムスターならどうか。子猫はどうか。人間の赤ん坊は。状況によっては大人だって容易く殺す事が出来るだろう。あの時の蟻達は放っていてもそのうち死んだだろうが、その生命を手に握ったのは確かに私だった。あの日の季節も場所もなぜそこで蟻を見ていたのかも覚えていない。赤茶のレンガを這う黒点と生命を奪った事実だけが鮮烈に存在する。