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【納涼・発狂頭巾】吉貝、全裸で幽霊を退治いたす

発狂頭巾基礎知識

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

大江戸の夕暮れ

時は江戸時代。夏の暑い日。太陽が西に沈み、江戸にもようやく涼しい風が吹いてきた時間。発狂頭巾こと吉貝(きちがい)とハチは縁側で貰い物の素麺をすすっていた。

「うむ、やはり夏は素麺に限るな」

鼻から素麺を一本出したり引っ込ませたりしながら、吉貝は美味そうに素麺をすする。

「そうでやすねえ……」

せっかくの馳走をふるまわれたハチはどうにも箸が進まない。

「どうした?何か気にかかる事でもあるのか?」

「いえね、旦那。近頃幽霊の話で持ちきりでしてね。あっしも怖くなりやして」

ほう、と興味深げに話を聞いた吉貝は、素麺つゆを入れた椀を置き、目を輝かせた。

「なに、幽霊だと?この世に幽霊などおらぬ。わしもこう見えてあちこちを放浪しておった身、様々なものを見てきたが、幽霊など一匹たりともおらんかった。おるのは狂人だけであったぞ」(吉貝視点による吉貝記憶からの発言)

はぁ、と深くため息をつきながらも、ハチは吉貝に渋々説明することになった。

「いや、今回のは本物の幽霊ですって。なにせ浪人萩原新三郎殿が恋仲になった娘のお露が亡霊で、夜な夜な萩原殿を冥府へと連れ去ろうとしておるのですよ。たまたま、修験者だか坊主だかが気の利いたアドバイス(原文ママ)をして、毎晩お札を貼ってお堂に籠って震えているそうですよ」

「むう、お札。わしもお札を貼られて難儀したことがあった。やはりそれは狂人の仕業だな。こうしてはおれぬ」

吉貝が貼られたのはお札ではなく『狂人出入り禁止』の張り紙であったが、そんなことはもはや吉貝の脳内ではどうでもよく、すっかり狂人の仕業と決めつけてしまった。

「だ、旦那!?何をしでかすつもりなんですかい?」

「決まっておろう。不埒な輩を成敗いたす。ハチよ。済まぬが、今から準備をする必要があるゆえ、暫く留守を頼むぞ」

そういうと、吉貝は頭巾と刀を手に、長屋を駆けだしてしまった。

「やれやれ……旦那にも困ったものだ」

そういうと、ハチは素麺を片付け、散らかった吉貝の部屋の掃除を始めた。吉貝の部屋は放置しておくと無限にガラクタが溜まっていくので、定期的に清掃しなければ奉行所からゴミ撤去の代執行をされてしまうのである。

牡丹灯篭

町はずれのお堂、輝く満月の夜。

浪人、萩原新三郎はお札によって作られた結果で守られた堂内に座し、一心不乱に拝んでいた。周囲からは女の恨み言とも悲しげな呼びかけともとれる恐ろしい声が聞こえる。あれは恋仲になったお露の霊が自身を冥府へと連れ去ろうとする声であろうと確信した。

『ああ、新三郎さま……どちらにいらっしゃいます?どうぞ出てきてくださいまし……』

だが、今宵が限り。この一晩耐えれば、お露は成仏するであろう……そう思えば、この恐怖も耐えられる。そう新三郎が思っていた矢先である。

目の前の床板がぬっと動き、中から白目を剥いた頭巾の男がすっと、顔を出してきた。忍び込んできた発狂頭巾、人である。

「あなや、お露?!…ではない。狂人か?!」

新三郎が刀の柄に手をかけると同時に、発狂頭巾の黒目が戻り、焦点が合わさった後にハイライトが消える。

「なにぃ!?」

発狂頭巾は予備動作なしで空中に飛び上がり、一回転して床に着地し、刀を抜く。その姿は純白の褌(ふんどし)と頭巾のみ、それ以外には何も纏っていない。戦国時代の伝説的な狂人、前田慶次郎利益が語った「褌は(切腹する)男の最後の着衣であり、これこそ己の心の様に輝く白であるべき」という心意気を示したものであろう。幽霊退治のためにはこのような心意気こそ大事であり、発狂頭巾の白褌は一種の魔術礼装のようなものと言えるだろう。

狂うておるのは……」(ここでカメラが発狂頭巾のハイライトの無い瞳に)「貴様ではないか!?」(カァア~ッ!

「え、ええい。今幽霊に追われておって、貴様のような狂人になど構っている暇は無いのだ。さっさと立ち去れい!なんだその恰好は、馬鹿にしておるのか!」

当然のことながら新三郎は怒り、刀を抜く。だが発狂頭巾の一閃の方が遥かに速かった。暗い堂内に白刃の輝きが光る。

「ギョワーッ!!」「グワギャーッ!!」

一瞬のスキを置いて、新三郎は傷から血を流しながら倒れた。

「これにて、幽霊事件。一件落着!安心せい、峰打ちじゃ」

月下の怪異

だが、おかしい。まだ周囲からはあやかしの気配がする。暗闇の中で、発狂頭巾は再び刀を構え、気配を探る。先ほど聞こえた女の声はもはや聞こえない。

カッ!

見れば堂の外がまばゆい光を放っている。もう夜が明けたのだろうか。発狂頭巾は不思議に思いながらも、お堂の扉を開ける。開けてしまったのだ。

それは朝日ではなく。

煌々と地を照らす満月であった。

幽霊の仕掛けた罠であった。

お露の狂いを帯びた嬉しそうな声が聞こえる。

『どこのどなたかわかりませぬが、お堂の扉をあけていただきありがとうございます。ささ、お邪魔なさらず、そこをおどきに……褌覆面ナンデ!?』

だが、変質者のような姿に驚いた幽霊お露も忘れていた。

月光、そして満月は狂気を呼び起こす媒介であるという事に。

白目を見開き、口から大量の泡を吹きながら、さらなる狂気に覚醒した発狂頭巾は再び八双に構え、絶叫しながら幽霊お露の朧げな身体に斬りかかる。

狂うておるのは……わしか、貴様か!!!

ブンッ!

幽霊を発狂頭巾の刀が切り裂く。だが、当然、刀は実体を持たない幽霊をすり抜ける。はずであった。お露は傷こそ開かぬものの、斬られた場所が鋭い痛みに襲われ、雑巾を切り裂くような悲鳴を上げる。

『ギャヘーッ!!』

明らかに幽霊であるお露に衝撃があった。それは魂そのものを蝕む狂気の刃であった。

「我が刀は、狂える刀匠三代目星智慧が隕鉄より鍛えし狂気の刀。この世のものならずとも刃は通じる。我が剣は、正気にては修められぬ狂人の剣。悪鬼であろうと神仏であろうと、この技からは逃れる事はできぬ。この気違い幽霊め、覚悟せい!」

『きょ、狂人だ。狂人がでた!助けて、助けておくれ!』

幽霊お露はあまりの狂気に我を忘れて、踵を返して逃げ出してしまった。幽霊であろうとも、狂人は怖いものである。

逃げる恋狂追う狂人

だがそれを逃す発狂頭巾ではない。カッと見開き、瞳孔の奥深くを七色に発光させながら、逃げるお露をターゲットと見做した発狂頭巾はどこまでもどこまでも、大江戸八百八町をひたすら追いかける。発狂頭巾の肉体は恐るべき筋肉でおおわれている上に、狂気によって脳にある肉体リミッターが外れており、常人であれば身体を痛めるような速度で走ることもいとわない。その速度は赤星憲広(元阪神)の約3倍という狂気的な敏捷であった。

「待てい。神妙にいたせ」

だがお露も幽霊である。壁をすり抜け、疾風のように逃げていく。このままでは逃げられてしまう。発狂頭巾は密かに、モゴモゴと師(イマジナリーフレンド)に教わった『狂気の九字マントラ』(存在しない)を唱え、僅かに姿勢を変化させる。

ギョワーッ!!

おお見よ、発狂頭巾はこの世には有り得ぬ発狂歩法を繰り出す。これは文章では説明しにくいが、あえて表現すると「盆踊りヒゲダンス新宝島ステップバカ歩きを超高速・連続で繰り出し、空気抵抗や慣性を無効化し、時に身体を量子化して、超高速で歩く」という狂人奥義である。吉貝の速度はさらに3倍に加速した。

深夜の窓から見えたもの

\ギョワーッ/\ギョワーッ/\ギョワーッ/\ギョワーッ/\ギョワーッ/

「ううん、なんだろう。変な声がするよ。お兄ちゃん起きて」

下町に住む弟の次郎に起こされた太郎は布団から顔を出す。

「なんだ次郎。夜中に…って、なんだこの声は」

「わからないんだけど、外から凄い声が聞こえるよ」

「わかった。窓から見てみる」

太郎は、ゆっくりと起き上がると、窓の外を覗く。月明りで、夜中だというのに、明るくて良く見える。そこに見えたのは…

幽霊(常人には見えない)を追いかけ、奇妙な動作をしながら超高速で走り回る褌と頭巾を被った謎の存在(発狂頭巾)であった。太郎のニューロンはそのあまりにおぞましい現実の理解を否定するために一部破損をしてしまった。

「兄ちゃん、何が見えるんだい?」

「わからない方が良い」

それが、次郎が見た最後の『正気であった兄、太郎』であった。

月下の決着

ひたすら逃げ続けるお露は、ふいに、振り切れたという感触を得た。聞こえるはずの胡乱な足音も聞こえない。どうやら完全に逃げ切れたようだ。後は倒れている新三郎の魂を回収するだけ……見ればあたりは暗くなっている。どうやら雲が出て月明かりが消えたらしい。そう思った。そう思ってしまった。

ギョワーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

響く発狂音、ふと振り向くと『それ』があった。驚異的な脚力で天高く跳び上がり、エビ反り態勢で江戸の空を舞い、背に月影をあび、純白の褌をたなびかせて、こちらに向かって回転しながら一直線に跳んでくる発狂頭巾である。気が付いたときはもう遅い。狂気を司る月光の力で思考回路をショート寸前にした狂人剣法『月下狂人』(存在しない必殺技)で幽霊お露を一刀両断にする。

『そんな馬鹿なうオギャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

たまらず断末魔、いや、この世との玉の緒を断ち切る悲鳴を上げながら、幽霊お露はこの世から消えていった。

綺麗な五点着地を決め、30mほど転がり残心を取り、刀をびゅんと振って構え、見得を切りながら、お江戸抑止力の守護者こと発狂頭巾(半裸)が振り向く。

「狂気を抱いて狂死せよ」

その姿が狂気を漂わせた月光に照らされ、やがて褌がぱらりと落ちる。(吉貝の股間だけ強引な月光で隠される)

「これにて、一件落着。おおっと、いかん。そろそろ帰らねば。今から帰れば、もうひと眠りできるだろう」

月の光に照らされたお江戸の夜道を抜き身の刀を持った発狂頭巾(全裸)が駆けていく。後には、褌だけが残されていった。

翌朝

トントントン……ハチは吉貝の家の台所でネギを刻み、慣れた手つきで鍋にぱらりと入れ、椀によそって膳を整える。

「旦那、朝食できましたよ」

「おお、ハチ。助かる。随分と暴れたおかげで腹が減ってなア……」

膳を受け取った吉貝はいただきますもせずに、全裸であぐらをかき、飯・味噌汁・漬物だけの質素な朝食をわしわしと食べる。(光の加減と湯飲みの湯気で股間は隠される)

「いい加減服を着てください。それと、なんで昨日は全裸で刀だけ持って帰ってきたんですか。着ていった服はどちらにいったんです?」

「それがさっぱり覚えておらん。まあ良いではないか。そんな事より、あの幽霊に取り憑かれたとかいう男はどうなった?何か話を聞いておらぬか?」

はぁ、とハチはため息をつきながらも答える。

「それでしたら今朝がた、発狂奉行所からお知らせがありましてね。なんでも浪人萩原新三郎殿は何者かに斬りつけられ堂内に倒れておりましたが、一命は取り留めたそうですよ。発狂してしまっているそうですが」

「そうかそうか……うむ、無事であったら何よりだ。今日もお江戸は平和よの。ハチ、今朝は涼しいのか飯が進む。すまんが、汁物と飯のおかわりを頼む」

夏の朝はようやくひんやりするようになった。秋の訪れも近いのであろう。

発狂頭巾のお江戸を護る戦いはまだまだ続く……