し の はまな の 虚構

〜の可能性が構造化を促すという脱構造化によって、その「断裂」によって、断裂が不明瞭となる。書くことなく書き続ける、存在することなく存在する、つまり、〜ことなしに、でもなくでもない、署名しない署名に、もしかしたら、到達しえない(しうる)湖面への一歩、キルゲゴールの質的弁証法の彼方の、乗り越えられない思いが、生なき生が、は、ま、な、の法にの則り、中和するために、その中和のなかで始まったりしなかった終わりのない、誠実さを無効にはしない、だろう。
書くことができない書くことなく書き続ける、ことがなかった、と書き綴っては、内側へ記述したこと、になるのでしょう。記述を諦めたこと、は余波のうちに、未来への疑問符の経験に、おかれるのです。
書かれることのないテクストが書くことを督促し、すでに書かれたテクストが、不記載を促す。すでに、過去に到来した「はまな」がわたしのうちに作用し終え、ひとつの「はなま」が、ずっと古い、すでに死に絶えた「はまな」とぶつかることでしかできなかったのです。すでに死にゆく「はまな」が渦巻いて、「はまな」を死なせる、死ぬままにする、死を生が追いかけるのです。つまり、生が死のあとを追いかけ、生きようとする「はまな」の受苦として、あるいは差延として、反復を繰り返すのです。
わたしの「はまな」はすでに死んでいる。いや、もうひとりのわたしが「はまな」はまだ生きている、と。わたしの「はまな」は生きながらえてはいないのです。

みずからの背後に、うみの、テクストとして残すことの恥ずかしさ、よ
碑文、脾、への/書き込み 鳥のように歌わなくなるクスヌへ ひとりがあとの
わたしの汚れた匂いを、テンリュウガワのほとりへのプレテクストが

わたしは書いているいや、わたしは書かない。
書かれたテクストが、いま書きつつあるテクストのなかに滞る、わたしを待ちながら、わたしの場所(トポス)へ書かれようとするテクスト、がわたしに作用し、ひとつの、ずっと古いテクストと衝突することしかできない。外ーテクスト、内ーテクスト、が出会うまでの猶予に留まル。ふたつのうちのひとつが前進し、ひとつが降伏し、テクストが他のテククストを追う。テクストの滞り、を滞るままにする、差延は。

書いている書き続けている書くだろう、勝ち誇ったリビドー的な歓喜、しかしもうひとり、がいつも「いや、ちがう」と、遅れて発話する。「お前は書かない、書けない、書くことは悪」、と。
きっと同じでない、ふたりの同じわたしが発話する。かつてのわたしが、あるいは未来のわたしが、書いたわたしと、書かなかったわたしが、と思いあぐねるエポケーに、お互いを主張する。その錯綜した時間の同時性が、それでも拍動をつづける心臓がかつて拍動をやめた。ふたたび拍動を再開した心臓のすぐそば、のすべての風を脇のあたりに借りながら、テクストの原風景などとっくに失われてしまった。その痕跡とか幻影を反復する過去から未来の、わたしはふつか後のランボーと、ふつかまえのブランショに出会うであろう。

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