歌集『光と私語』(吉田恭大著)を読む
近代短歌および現代短歌という観点から、この歌集がどちらに属するのかを考えている。
巻頭からの数首をよんで、この歌集の歌の構造というかフレームはザックリ、アララギ的であり、歌のなかの私性は、作中主体=作者であるが、その結合力は緩やかであり、私性をあえて強くは主張していない。歌われている対象は、都市に生活する作者、そしてその周辺の風景や人々であるが、読み進めるうちに必ずしも現代短歌とは言えない歌の構造や、読後感が残る。いわゆる従来から詠まれてきた現代短歌とはすこし様相が異なる。
現代短歌としての共通点は、作者の個人情報がほとんどなくても読めるということである。ごく一般的な都市生活者としての若者という概念で読める。作者は都市と緩やかに絡み合いながら生活している。しかし、そこに作者の生きづらさとか屈折感のようなものがほとんど感じられない。また、思想とか心情といったものがが歌から浮かびあがってこない。歌の構造としてはアララギ的な写生歌とわたしは捉えた。しかし、従来のアララギ短歌とはコンテクストの構造が明らかに異なる。例えば歌にリアリティーはあるのだが、ストーリーに独特のズレや省略(飛躍)があって、すんなりと読後は心のなかに入ってこない歌が多かった。いわゆる、再読を促すのである。これは世代の違いによる価値観や世界観の相違もあると思われる。
また、私性という点から『光と私語』を捉えたとき、歌のなかの私性(われ)は作者は吉田というよりも吉田をふくめた同年代のA君やB君であり、「われ」は吉田と同年代の都会生活者と言ってもいいのではないだろうか。いわゆる万葉の歌のなかの「われ」(「我々」といった方が正確かもしれない)に近いと思われる。くりかえすが、この歌集は、 吉田と同年代の都会生活者ほぼ全てを代表するような視点や観点で歌われており、同世代の都市生活者の共感を得るであろうし、日々の平穏な心情がフラットに詠われている。
ここですこし、脱線するかもしれないが、万葉集のなかの宴席の歌について書いてみたい。七世紀後半、日本は律令制度という政治制度を選択した。諸外国に対して対外的に通用する「国家」という枠組みを作り、「日本」という国号をさだめ、「仏教」という宗教を国家宗教として選択した。そして、律令制度を維持するための宮廷を中心とする官僚制度を整備し、階層化された人間関係や社会構造を構築していったのである。そこで大きな役割を果たしたのが宴席での歌であった。人と人の出会いの中での挨拶、儀礼、敬語など<立場としてのわれ>の自覚が強く要請された。宴席で皆にウケる歌を歌うことが自身のアイデンティティを明確にし確認する場であったのである。
まぁ、ちょっとニュアンスが違うかもしれないけれど、現代で言うならば、カラオケ大会でみんなにウケる歌を歌うことがその場で自分自身をアピールすることになるのとすこし似ている。そこでは<われ>というよりも、その場の誰とも置換できる<われ>、その場の<われとわれわれ>である。<われわれ>の中で共存する<われ>が求められるのではないだろうか?
吉田は強く<われ>を主張しない、しかし、歌集の中では、結果的に<われ>を含めた同世代の我々からの強い共感がある。
話を元に戻して、この歌集が現代短歌的でないかといえば、それは違う。それはこの歌集が口語で詠われていることにも大きな理由である。口語短歌の特徴は、文語や旧かなで歌われた近代短歌と異なり「今ここ」にありながら、同時に歌の中の過去を想起する「主体」の像をほとんど生み出しにくい。
『近代短歌の範型』で大辻さんが指摘するように、口語で詠う彼らは、本質的に一瞬一瞬、さまざまに変化する生き生きした「いま」を正確に記述しようとするからだと指摘する。また、口語においては過去の事象を表現する助動詞は「た」のみである。文語には「き」「けり」「つ」「ぬ」「たり」「り」「けむ」という沢山の過去の時間を表す助動詞がある。従って、口語で「今」以前の時間の前後関係を表現することは難しいと指摘する。
以上、『光と私語』は歌の構造としてはアララギ的(写生的)であるが、新しい文体構造を持っており、私性の観点からは万葉的であり、しかし、主体の作歌の意図する点からは現代短歌という、複雑な様相を帯びているのではないだろうか。
また、栞文を寄せた堂園昌彦は、この歌集は都市そのものであるといい、吉田はわざと描写の解像度を落としていると指摘する。これに関していくつかの歌に指摘された特徴がある。
「わたしと鈴木たちのほとり」から
外国はここよりずっと遠いから友達の置いてゆく自転車/12
堂園が解説が言い当てて妙である。そう自転車をここに置いて行く理由が「ここよりずっと遠い」のではなく「遠いから持って行けない、行くのが面倒、大変」というのが理由であろう。それを作者は曖昧な言葉で「ここよりずっと遠いから」と表記している。漠然とした言葉で繋いでいる。質問したことに対して、少し外された、すり替えられたような答えだという感覚にとらわれる。いわゆる自転車を置いて行くちゃんとしたリアルな理由を述べてない。
ひとごとでいいよ遠くに鉄橋を超える電車のあれは千葉行き/13
どこで切れるか?
ひとごとでいいよ/遠くに鉄橋を超える電車のあれは千葉ゆき
ひとごとでいいよ遠くに/鉄橋を超える電車のあれは千葉ゆき
おそらく「ひとごとでいいよ」で切れるのだろう。しかし、「ひとごとでいいよ遠くに」もあり得る。しかし、通常ならば前者であろう。
「ひとごとでいいよ」と「遠くに鉄橋を越える電車のあれは千葉行き」の文脈の関係がよく分からない。むしろ関係はないと考えた方がよさそうである。また、「ひとごとでいいよ」の発話主体は。自分自身の呟きだろうか、もしくは君向かって発話しているのだろうか。「遠くに鉄橋を超える電車のあれは千葉ゆき」も、通常なら「ここから先のずっと遠くで鉄橋を超えるのだけれど、(あの)電車は千葉行きである」となる。また、「電車のあれは」だから電車は私の乗車している電車ではないと考えられる。「ひとごとでいいよ」のフレーズからもそんな印象を受ける。ひとごとでいいよ、ぼくには(僕たちには)関係のないこと。
ひとごとでいいよ(って言うか、僕らにとっては、ひとごとなんだよ、だって僕らが乗っていないんだから)/遠く(の向こう)に鉄橋を超える(超えてゆく)電車のあれは千葉ゆき(の電車だよ)(あの電車も、
僕らの乗っているこの電車も、全てひとごとなんだよ。そうやって電車も日々も通過してゆく、、、、)君との関係もひとごとになるのかもしれないという、仄かな未来をも予感させる。ニヒリズムとまでいかないけれど、作者の心情が伺える。
これまでの恋人がみな埋められているんだそこが江の島だから/16
「これまでの恋人が埋められている」とは、ここ江ノ島を訪れた多くの恋人たちのことだろう。彼らが埋められているという表記から、その後は別れてしまった失恋をイメージさせる。江ノ島を訪れると別れるといジンクスでもあるのだろうか。個性的な文脈に惹かれる。「そこが江の島だから」の「だから」の理由も明白でない。強いて言えば江の島は 恋人たちのデートスポットなのであろう。
カロリーをジュールに変えてゆく日々の暮らしが骨と骨の隙間に/20
省略の効いている歌である。摂取カロリーを消費する熱量(ジュール)に変えてゆく、そういう体内の代謝が骨と骨の隙間の体内で日々行われていて、その日々の暮らしを(作者は)送っている。「日々の暮らし=骨と骨の隙間の代謝」と読んだ。
とっておきのアネクドートをこれからも使うことなく覚えてゆこう/24
*アネクドート;逸話、秘話
あれが山、あの光るのはたぶん川、地図は開いたまま眠ろうか/25
のぞみなら品川名古屋間ほどの時間をかけて子孫をつくる/26
この三首について、読後すぐには理解できないが、文脈の流れに惹かれる。また文脈に緩やかな時間の流れや明るさ、希望を感じる。「のぞみ」は車両ののぞみなのか主体の「望み」なのか、品川名古屋間は決して長い時間ではない、子孫がなにかのレトリックになっているようにも思える。
人々がみんな帽子や手を振って見送るようなものに乗りたい/30
人々がみな帽子や手を振って見送るようなものって、なんだろう。「乗る」だから、子供や大人までもがワクワクする乗り物を想像する。具体的には、新幹線や飛行機、船なんかをイメージする。しかし作者はあえてその乗り物を特定しない。そこになにか生きていく上での期待感のようなものがある。読者はわからないもの、理解でいないものに遭遇したとき、それを特定して自分の中で納得しようとする。しかし、作者はあえて、特定しない。そういう柔らかい膨らみのようなものを生活のなかに存在させている。「見送るようなもの」いかにも曖昧で特定できない。ここで読みのスピードがすこしダウンし、読者に少しの疑問と不安感を揺曳させ、再読を強いられる。この曖昧さを受容できない読者はこの歌集の読むことでストレスが溜まるのかもしれない。
脚の長い鳥はだいたい鷺だから、これからもそうして暮らすから/32
「これからもそうして暮らすから」の理由として、「脚の長い鳥はだいたい鷺だから」は
その答えになっていないことが、この歌を読みにくくしている。そして、この上句と下句を埋める言葉は読み手に委ねられている。
また、「だいたい鷺」「そうして暮らす」などの表記の曖昧さがあり、「そうして」から具体的にどうやって暮らすのかが見えてこない。また、この歌からは暮らしにくさや暮らしてゆく決意のようなものがほとんど感じられない。「だいたい鷺だから」「そうして暮らす」といった曖昧な表記によって受ける印象なのかもしれない。
バス停がバスを迎えているような春の水辺に次、止まります/33
「バス停がバスを迎えているような」が「春の水辺」の直喩であり序詞のような構造にもなっている。
「バス停がバスを迎えているような春の水辺に」までがバスに乗車しながらの作者の回想である。「バス停がバスを迎えているような春の水辺に(バスは行く、ぼくを乗せて、ぼくの幻影を乗せて、春の岸辺から想起するものをたくさん膨らませて)次、止まります」
「次、とまります」が突然、現実に引き戻されたような感覚がある。バスの運転手さんの発語であろう。萩原は解説で「実が虚であり、虚が実であるようなこの感じ」と解説している。わたしはそこまで大袈裟には感じなかった。素直に読めばいいのではないか?
『砂丘律』(千種創一)の下記の歌を思い出した。
手のひらの液晶のなか中東が叫んでいるが次、止まります(砂丘律、163ページ)
おそらくこの歌の本歌取りだろう。
「光と私語」から
わたくしに差し出される任意の数字 街じゅうの人と指を差しあう/38
マイナンバーカードの番号をイメージした。指を差し合うことでお互いの仲間意識を共有しあっている。この歌からはマイナンバー制度への不服は感じられない。むしろ、緩やかに受け入れているように感じる。この歌に限らず、作者は今の社会の生きづらさや政治への不服といった感情をもっていない。むしろささやかに受け入れているように感じる。
電話帳でもここらはもう海じゃない 都電の駅まで二人で歩く/40
「電話帳でもここらはもう海じゃない」は埋め立て地を想像した。電話帳に記載されている番地から、かつては海だったけれど、今はもう埋め立てられている場所、そこから都電の駅までを二人で歩いた。しかし、ここらあたりが海であったか、あるいはなかったのかは電話帳で判断するだろうか。たまたまそこに電話帳があったという偶然から生まれた歌なのではないだろうか。
「Napoli is Not Nepal 」から
坂道で缶のスープを散らかして笑う時代の犬になりたい/50
Napoli is Not Nepal 交差点振り返るときハローと言えり/51
映画のワンシーンのような印象がある。
「犬になりたい」はどう読めばいいだろう?「笑う時代」とはいつの時代か?わたしは現在よりもすこし先の時代をイメージした。そこには青年の自由奔放さや開放感がある、「 缶のスープを散らかす」や「笑う」からそれをイメージした。犬はそれに対してただただ吠えているイメージだ、、、一首全体がやけに明るいのだ、おそらく「笑う時代」がキーワードになっている。
次の歌もそうだ、「ハローと言えり」がやけに明るい。誰にいうのか?おそらく特定の人でなく、その場で叫んでいるイメージがある。そこに明るい青空を連想するのだ。「ナポリはネパールではない」おそらく意味はない、ことば遊び的なことばだ、ダジャレのように口をついて出てしまったことば、そして振り返って、ハローとと言う。スリムな若者の都市生活を連想させる。
最中には右脳の側で市が立ち左脳から沢山人が来る/57
最中とは?SEXだろうか。右脳は芸術表現の働きを司り、左脳は論理的な思考を司ると言われている。市は「いち」だろう。物資の交換や売買のための場である、そこへ沢山の人が流入してくる。最中には、それに集中できずに、それ以外のいろんな過去のことや現在のことを回想することがある。それを市と呼んだのだろう。欲望の最中でもそれに集中できない、これは人間の本質を歌っている
美しい言葉をいいつつ僕たちはカラオケには行かないよるのうち/58
「美しい言葉」と言われて、何を基準にして美しいかを判断するのか?どのような言葉が美しいのか。「カラオケ」の歌の言葉は美しいのか美しくないのか?カラオケの歌詞は往々にして「手垢のついた言葉」である。だから、カラオケに行かない僕たちは「美しい話し言葉」で話している。「僕たち」「夜」から恋人との夜の時間をイメージする。恋人との夜の時間は美しい言葉で語られている。
「Not in service」から
夏にほぼ人の数だけ声帯があって冬、その倍の耳たぶ/63
ほぼ人の数だけ声帯がある、そう、声帯の障害により話すことのできない人もいる。そして、そのまま冬にいきなり飛躍する。これは短歌的詩歌的な言葉の展開である。この冬には夏の言葉がそのままどこでもドアのように冬に瞬間移動していく感がある。そしてその声をうけとめる耳たぶの数は二倍ある。ここで発した言葉の音が増幅されて耳たぶへ吸収されるという音の輪廻のようなものをイメージする。音は声帯から発せられ、耳を経て、また声帯で発せられる。音がメビウスの輪を連想させる。
ふるさとの雪で漁船が沈むのをわたしに告げて電話が終わる/65
主語はわたしに電話をしたふるさとの友人である。(Aさんが)ふるさとの雪で漁船が沈むのをわたしに告げて(Aさんの)電話が終わる。しかし、この文脈の主語は電話であるような錯覚を覚える。電話が「ふるさとの雪で漁船が沈む」ことをわたしに告げて、(電話)が終わる。電話の向こうの人間の姿が希薄であり見えてこない。読んでいて文脈的には、少しちぐはぐな感じがするのはこのためである。
また、「雪で漁船が沈む」という事実も衝撃的で、ふるさとがなくなってしまうような喪失感がある。
さるが街にいたらニュースになるだろう 物置はホームセンターで買う/67
さるのひらがな表記にリアルな「猿」のイメージはない。
「さるが街にいたらニュースになるだろう」の上句と「物置はホームセンターで買う」を結びつける言葉とかイメージ、いわゆる上句と下句の飛躍を結びつけるのは難解だ。飛躍がある歌なのだけれど、そこにこの歌の魅力があるといえばある。逃げ出したさるが物置の上を逃げて行く映像をイメージする。
この歌は、上句と下句を結びつけなくてもいいのかもしれない。上句と下句にある一字空けが世界を分断している。事実を併記することによって、作者の日常を提示している。読者はそれをそのまま読めばいいのかもしれない。その背後に見えてくる作者の生活像や発話といった影のようなものを感じればいいのかもしれない。
君が山羊、山羊が羊にかわるころ品のよい家具屋で暮らしたい/69
「君が山羊」という極端な比喩にまず戸惑う。初句のの山羊と、二句目の山羊は同じ山羊だろうか?初句が二句目に繋がるのか、繋がらないのか。
「君が山羊」は「君が飼っている山羊」「君が描いた(想像した)山羊」その山羊が羊に変わるころ、とは眠りにつく頃ということだろうか、正確な意味が取れない。「品のよい家具屋で暮らしたい」に繋がるイメージが浮かばない。家具=ベッド、で眠むりをイメージした。また「君が山羊、山羊が羊にかわるころ」にほのかな相聞の感じも漂う。
「三月の数行」から
筆跡の薄い日記の一行をやがて詩歌になるまでなぞる/74
真昼間のランドリーまで出でし間に黄色い不在通知が届く/75
必要なものを探しているような顔で靴屋に寄って帰る日/77
メモ帳の短いメモを想像する、そしてそれをベースに詩歌を詠んでいる作者、ランドリーに行っている間に届いたクロネコヤマトの不在通知、必要なものを探しているような顔して、店を巡ることは誰にでも経験したことである。普段の作者の日常が見える。「出でし間」は「いでしま」だろう。ここだけの文語に違和感や不在感がある。
恋人じゃないひとの名を挙げて、って春になるまで続けるつもり/76
恋人じゃないひと=特別じゃない人の名を挙げる、まるで春までゲームを続けるような日々を連想させる。恋人じゃないひとの名を挙げて、ってと、恋人に言われているようにも読める。相聞の匂いもする。春までの日々がまるでゲームのようだ。
PCの画面のあかるい外側でわたしたちの正常位の終わり/79
「PCの画面のあかるい外側で」は明るいのか、暗いのか。PCをつけっぱなしで、部屋を暗くしてのセックスだろう。その正常位はおわり、と寸断された感じがある。また、正常位の終わりに、たんぱくな性欲を感じさせる。セックスをすることはまるで仕事を終えるような読後感がある。
「部屋から遠い部屋」から
お時間を指定したのは母なれど私に待たれるクロネコヤマト/96
「お時間」という言葉は宅配業者の客への話し言葉であり、「お時間を指定したのは母なれど」にアイロニカルな口調がある。そして、下句は「私はクロネコヤマトを待つ」という能動態を、「私に待たれるクロネコヤマト」と受動態に変換している。従って、下句には主体と客体の反転がある。
(荷物の配達の)時間を指定したのは母であるけれど、クロネコヤマト(によって配達される荷物は)私に待たれている。
2章からは各頁のデザインがより斬新な形でテクストと関わってきている。
具体的には、文字のレイアウトを数行に改行したり、矩形や円形が文字間にレイアウトされたりと、デザイン画をみているような印象がある。しかしわたしは「大きい魚、小さい魚、段ボール」の章については、テクストの読みと各ページごとのデザインの効果を読みとることができなかった。
寒さの中であなたの訃報を知る前にそこに届けておきたい荷物/118
管つけて眠る祖母から汽水湖の水が流れて一族しじみ/122
どこも明るい床だと思う 斎場の 百年生きたあとの葬儀の/129
これらの歌から、祖母の病状が芳しくないこと、また亡くなったことが想像できる。
「管(くだ)つけて眠る祖母から汽水湖の水が流れて一族しじみ」祖母から汽水湖を引き出し、さらに水が流れて、見舞いの一族が蜆になる。豊かな詩のことばで展開されてゆく。程よいスピード感と言葉の世界の広がりがある。
「ト」に書かれた散文詩について/132
水平に横たわるあなたは何物だろう。これは、あなた=わたし という客観的に私をみているという詩の常套手段であると読んだ。いわゆる、語り手の「私」と、行為の「私」が分離している。この部屋での生活に喜怒哀楽といった感情は希薄だ。「まだ生きていることを確かめる。」という冷静な主体の視点が存在するだけである。
ここで、高木敏次の『傍らの男』(第61回H氏賞受賞 2010.7)のなかの「居場所」という詩を連想した。その詩をすこし引用してみる。
寝たふりをして/あきれば/起きたふりをすればよい/私が/目をこすりながらベッドを見おろしている/おはよう/呼びかけると/水を飲んで・にせものの話になって/(中略)命がけで立っているようでもあった/次の日/私は/ことわりも言わず/出かけてしまった
「私とは関係に過ぎない。自己は他者によって成り立ち、他者は自己を作り上げる。したがって私とは、ここにいない私、見たこともない私へとせまる影に過ぎない。私とは、ここにいない私とのへだたりなのだ」と高木はコメントしている。
吉田の詩も同様のコンセプトで書かれていて、都市生活者の日常を乾いた目でトレースすしている。もしも、心と肉体が分離するのであれば、ここに書かれているのは自分の肉体であり、心が俯瞰しながら肉体について詩のことばで綴っている。ここには心と肉体の冷ややかな乖離がある。「家具を買うことを、おそらく本能的に怖れている、から白い部屋。」家具を買うこと、それはそこで生活を確かなものにしてしまう。作者にはそのことへの怖れがある。ここはあくまで自分の肉体を一時的に休める場所でしかない。
「されど雑司が谷」から
この暮れも寒い 都電の車内には老人ばかり目についている/138
老人は赤いものだと知りながら巣鴨の先をゆく西巣鴨/141
都電には老人が多い。老人は地下鉄に乗れない。彼らは次、地下にもぐる時は埋められる時だと信じている。/146
一年、また老人に近付いて、引いた歌の数ばかり増えて、私のコートは赤くないけれど、両手を空に向けて差し出す。/152
すべからく幸いあれよ聖夜には迷わず赤い老人を撃て/155
「されど雑司が谷」の章から、老人の歌および散文と思われるテクストを引用した。これらのテクストから、自らが老人になることへの違和感や抵抗があり、「彼らは次、地下にもぐる時は埋められる時だと信じている。」や「迷わず赤い老人を撃て」のフレーズにそれを感じる。
「老人は赤いものだと知りながら」老人の赤といえば還暦のイメージがある、、しかし、ここで「老人は赤いもの」と言い切る潔さから、強引に赤へと導びくイメージを読者に与える。「巣鴨の先をゆく西巣鴨」には文脈の省略がある。巣鴨、西巣鴨を擬人化しているという読みもあるが、「巣鴨の先を(電車は走り)ゆく(ちょうど今)西巣鴨(あたりだろうか)」という省略の文章だとも考えられる。ここで、上句と下句の限りなく遠い飛躍を結びつけようとしないで、そのまま二つのフレーズを共存させて読みたい。
また、この章でもう一つ、注目するのは、左頁の端(頁の161、163、167、171、175)に記された山陰本線の駅名だろう。吉田の故郷だろうか。例えばひとつ、160ページと161ページでひとつの歌になっていると考えられる。
祝日のダイヤグラムでわたくしの墓のある村へゆく鎧、餘部、久谷、浜坂/106、161
繰り返す土地にはいつしか駅が建つ 末恒、宝木、浜村、青谷/166、167
この、駅名がこの章ではレトリックとして、また詩の言葉として効果的に機能している。
「象亀の甲羅を磨く」から
ぞうがめの甲羅を磨く職人の家系に生まれなかった暮らし/181
「ぞうがめの甲羅を磨く職人の家系に」、「生まれなかった」という文末の否定で読者への軽い裏切りがある。吉田の歌にはこのような文末の否定による読者への裏切りが時々見受けられる。そもそも「ぞうがめの甲羅を磨く職人の家系」自体が特殊であり、一般的には「家系」という言い方はしない。この歌からは、特殊でない、万人が暮らしているだろう平凡な暮らしを、「ぞうがめの甲羅を磨く職人の家系に生まれなかった」という吉田自身の言葉として表記している。
ジョージは死して甲羅を残し、国中の奇祭を網羅するウィキペディア/191
ガラパゴスゾウガメのうち、ガラパゴス諸島のピンタ島に生息していた「ピンタゾウガメ」の最後の生き残りだった1頭「ロンサムジョージ」が2012年6月24日に死んでいるのが見つかった。生まれかは不明だが、推定100歳ほどと言われている。そして、国中の奇祭はウィキペディアにほとんど網羅されているという事実を併記している。
三章
「ともすると什器になって」から
什器とは、日常生活で使用される道具。食器や家具などを指す。店舗などに置かれる棚、ショーケース、テーブル、アクリルボックス、冷蔵庫など、店舗で使う機材を什器という。
雨が降るって告げられてから人々に売られた傘と開かれた傘/209
コンビニの透明な傘をイメージする。「雨が降ると告げられた」天気予報のあと購入する傘は、安価なコンビニの透明傘であろう。出勤途中で、あるいは仕事中に「雨がが降る」とニュースが告げられたため、急遽持ち合わせがなくコンビニで購入したというストーリーをイメージする。売られた傘と開かれた傘は明らかに異なる。売られたけど開かなかった傘、開かれた傘、そこにに人生のささやかな明暗とか幸・不幸が分かれる。
ひと月を鞄に入れたまま過ごす友達の余白の多い本/211
友達に借りたまま鞄に入れっぱなしてひと月が過ぎる。日常ではよくあることだと思う。とりあえず借りたけれど仕事が忙しくて読めない、時間があっても読む気にならない。そろそろ返さなくてなという自責の念がわく。そこに借りてからの時間の経過がある。また「余白の多い本」は詩歌の本をイメージした。
寝る前の、どこで切れても構わない会話の語尾を遠く伸ばして/214
話しながら寝落ちしてしまう、そういうイメージの歌であろう。どこで語尾が切れても言葉の韻を伸ばすようにして寝落ちしてしまう。「長く」ではなく「遠く」がこの場合は適切である。話す相手はおそらく恋人を読者に連想させ、相聞的な雰囲気もある。
「私信は届かないところ」から
生活は日々のあなたを書き換えて辿れば美しい詞書/239
「あなたを書き換える」とは、あなたと関わる日々の生活の中でのあなた(同時にわたし)の発見であろうか?その日々を辿れば歌の前につづられる詞書のようもある。詞書という比喩がここでは活きている。叙事的ではあるが叙情をたたえた美しい歌である。
この人も嵐のあとの海岸に打ち上げられたかたちで眠る/271
「海岸に打ち上げられたかたち」が具体的にどういう形なのかわからないが、私は蹲(うずくま)って眠る若者をイメージした。「海岸に打ち上げられた」というフレーズから仄かに「震災」もイメージされ、人間の矮小さや脆弱さが揺曳される。この人もわたしも、そうやって眠ることを連想させる。震災だけではなく、いまの社会に対して強く生きられない、自己を強く主張できない作者像が浮かぶ。しかし、生きることのしなやかさのようなものは感じられない。あくまで、社会的弱者を連想させる歌である。
「明日の各地のわたしたちの/断続的に非常に強い」から
この人も嵐のあとの海岸に打ち上げられたかたちで眠る/271
「海岸に打ち上げられたかたち」が具体的にどういう形なのかわからないが、私は蹲(うずくま)って眠る若者をイメージした。海岸という言葉から仄かに「震災」もイメージされ、自然災害に対する人間の弱さみたいなものを揺曳させている。「この人も」だから、作者であるわたしや、強いては殆どの人がそうやって眠ることを連想させる。
待つ犬のまわりで何か待ちながら、わたしたち、あなたたち、拍手を/273
「待つ犬のまわりで何か待つ」の主語は、上句だけ読むと「私」であるが、下句まで読むと、ここでは文脈から主語は「わたしたち、あなたたち」と考えるのが普通だろう。なので倒置法である。わたしたちそしてあなたたちは、(だれか主人を)待っている犬のまわりで、何か待ちながら、拍手を(している。)何に対して拍手をしているのか、その説明はこの歌のなかでは説明されていない。「拍手」という言葉から、何か晴れやかなものを想像する。結婚式、表彰式など、、、巻末の歌だから、都市生活へのオマージュを感じる。
以上、『光と私語』の数首について私なりに読んだ印象を記した。吉田のようなゼロ世代の歌人は、つい最近歌集のでた山階基の『風にあたる』と共通している。いわゆる斎藤斎藤は「ささやかな日常を生きる内面用法の<私>が歌の拠り所であると述べている。内面用法の<私>とは、単に自己劇化を排除したりありのままの私ということでなく、内面実感のみを拠り所とする私ということである。しかし、このような私は、紛れもなく時代や社会のなかで生きようとする、また適応しようとする私であり、時代や社会のなかで私性や短歌が変化せざるを得ないことを強く感じる。
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