掌編「しろがねのストリングス 第一楽章」(Concept by SOI TACHIYAMA)
撥(はっ)、と警戒心の高いウサギが耳を立て、即座にポリゴンの草叢に消えた。
インナースペース〈内的宇宙〉にもまだ動物が居たかと射手は構えた弓矢を下ろす。射手の撃つべき相手は獣ではない。
亡星を射ち、墓標を次なる星の材料とするために、弓術祖霊〈アチェグラ〉の奇習や伝承を蒐集して巡る、射手・イミズ族。
死んだ星には、物語が滞留している。正しく停止した時間を打ち砕き、欠片を墓標として加工する必要がある。
射手には、標的にある程度接近して確実にシンコペーションの〈食い込み〉を射る近距離射撃手や、直ぐにも爆発の危険のある星へ狙いを定める遠距離射撃手(スナイパー)などがいる。
また、時空物理学極座標系の弾道計算を行う者、射手の横で星の心臓部が発する微かなリズムやテンポを聴き射撃をサポートする者、船の運転手で揺れを最小限に抑えることに徹する者、飛行物体(デブリ)に警戒する者など、役割はさまざまである。
射手がこの星に降り立ったのは、弓矢を新調するためだった。星を射るからには、その弓矢は並のものではない。
〈しろがねのストリングス〉と呼ばれる、白亜の遺跡に棲む絲人たち。時に細くはりつめ、時におおらかにたゆみ、性格は気まぐれ。月光浴をする習慣をもつ。
かれらの編む絲の原材料は明らかになっていない。しかし、絲人の弓は、亡星を射るために存在すると言って過言でない。例えばダウンビートの星であれば、四拍子のうち二拍目か四拍目のアクセントに合わせて射よ、と弓が射手の鼓動に訴えかける。
即ち、弓矢とは、古くは擦弦楽器と呼ばれたものたちのひとつの進化形、あるいは退化の果てであり、射手とは、本来悠久を奏でうる楽士の末裔なのだ。
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〈原案〉
■タチヤマソーイ(SOI TACHIYAMA)
架空のバイオリン・ハープ奏者、舞台演出家、文筆家、建築士。インストゥルメンタル・テクノ・オーケストラバンド「アチェグラ」所属。アチェグラでは、タチヤマのSF小説を基に、幼い頃から電子音楽家を志していたメンバー・ウノにより作曲がなされ、劇場型のコンセプトアルバムが制作されていく。アルバムには小冊子が付属しており、基になった小説を読みながら聴くことができる。