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#仕事について話そう

以前の投稿にも書いたけれど、ずっと子どもに関わる仕事をしてきた。
生きがいでもあり、天職であると書いた。

本当に、そう思う。

そう言い切れることに感謝している昨今である。

WBCの侍ジャパンで、栗山監督の「信じ切る采配!!」が話題になっているが、おもくも、かるくも、わたしは、子どもたちを信じきっている。

そのことがたのしい。

どの子もかわいい。
どの子にもある、良性を信じきっている。
打てば必ずいつか響き合う関係性がある。

体力的には、多少の疲れは感じるが、精神的には救われている。
この年になっても、いろんなことが学べる。
自分ののびしろを感じることができる。

そのことがたのしい。

ちいさないのちの先見性を信じたいとも書いたが、本当に、そう思う。

放課後、「先生といると、たのしい。」「先生は、スーパーやさしいね。」
そんな子どもたちのことばに励まされ、ふと、自分を振り返る。

たのしさは、遊びであり、ユーモアであり、ゆとりでもある。
やさしさは、強さであり、共感性であり、信頼でもある。

みんな、子どもたちから学んだ。

七転び八起き、いろんなことがあったけれど、それらはすべて人生の糧である。

プラスマイナスでもなく、陰陽でもなく、清濁でもなく、正誤でもなく、善悪でもなく、損得でもなく、優劣でもなく、それらを越えた、ありのままの関係性のなかで、鍛えられてきた糧である。

もちろん、わたしや彼らを取り囲む、周りの環境にも感謝している。
同僚であり、家族であり、友人であり、なかまであり、間接的な環境も含めて。

自分でできることには限界がある。
いのちは有限である。

でも、たてにも、よこにも、ななめにも、バトンはひきつげる。
周りの力もかりられる。

生きてるだけで尊いよ、いま在ることに感謝して・・・、あたりまえのことだが、そんなこころの響き合いのなかで生かされている。

それが、いまのわたしの仕事である。

先日、仕事場の近くの公園で、子どもたちと遊んでいると、四つ葉のクローバーをたくさん見つけた。
アリもいた。
電線に山鳩もとまっていた。
空を見上げると、ひこうき雲が二筋。
さくらも満開だった。

そんなどこにもある自然のなかで、喜怒哀楽を味わいながら営める日常。
ある意味淡々とした、ちいさな営みであるが、それが、いまのわたしの仕事、放課後の子どもたちとの居場所である。




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