ある男の旅
Sep 16, 2018
パリの街で日本人と出会った。
その人は定年を間近に迎えたこのタイミングで世界一周をしているという。
僕は興味を持ったらとことん話を聞いてしまう性分で、相手はどうやら自分の話をするのが好きなようだ。今年の1月に日本を経って、もう半年が経つなぁと楽しそうに話し始める。
彼は仕事を始めてずっと運送業者だった。
それにも関わらず、去年ある事がきっかけで自分はこの仕事には向いていないと感じ、唐突に世界一周を決めた。
決めてから出発まで考えられないほどのスピードで準備を済ませ、旅立った。
彼はスマホを持っているけれど、使い方が分かっていない。この前もオンラインでバスを予約したけれど、利用方法が分からずキャンセルしてしまった。
その上、英語が話せない。現地を歩き、当日に宿泊先を決めている。カタコトで伝えりゃどこだって泊まれるんだとガハガハ笑っていた。
また、トラブル続きで日本に2回程、帰国もしているみたい。それでも再出発を決め、すぐに日本を飛び出している。
そして手術の影響で、水洗トイレのある国だけを周って世界一周するらしい...笑
途中からパリの街並みへの意識は薄れてきて、僕は彼の話を夢中になって聞いていた。この人はまさにいま旅をしている。その旅はいまの時代とは違った形をしていた。写真を撮ってシェアをするわけでもなく、オンラインで予約を済ませることをせず(出来ずの方が正しい笑)、これから先の経験としての旅でもなく。
紛れもなくこれは彼自身の旅だと感じた。
「若いからこれからが楽しみだね。」
とこれまで何度も言われてきた。もはや日常の挨拶のように。けれど彼と過ごした半日の間で彼は一度も僕のことを若いなんて言わず、これから先のことの話もしなかった。
「旅はいつ始めたっていい。俺はこの歳になっても毎日学んでいるし、世界は美しいって感じることができている。」
旅にタイミングなんてないのかもしれない。
そして旅とはこれからのためではなく、いまを楽しむためのものだということを改めて学んだ。
いま彼はどこを旅しているのか、僕は知らない。連絡を取る手段さえないのだから。
でもいまこの瞬間にもあの人はどこかの国にいて旅を続けている。その事実は僕の一歩を軽くしてくれる。
別れ際、彼はよく熟れたバナナを2本僕に渡して去っていった。
不器用で、ユーモアがあって、人間味溢れるこのおじさんは僕が旅を通して出会った中で最も尊敬している1人だ。
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