余命10分 / 2023年1月5日 —そっちじゃない。

祖母も祖父も死んでしまってからのこの家は、父と母が週末だけ農園をやるための大人の秘密基地のような存在になっていた。たまに帰ると、祖父母の暮らしていた頃の面影はきちんとそのままで、でもところどころに父と母の「使い勝手」が侵食しているように見えた。

ばあちゃんの「使い勝手」に合わさなければ行けなかった頃の母は、この「実家」に帰るのが少しだけいやだと言っていた。昔からの理不尽なルール。暗黙の了解。男尊女卑。古い家だったから、そういうのはあたりまえだったと思う。嫌なら嫌っていうこともできたと思うけれど、母は言わなかった。あの頃、どう考えていたんだろう。

ただ、最近の母は実家にいる時の方が生き生きとして見えた。

パッと見ると散らかっている台所。でも実際に立ってみて料理をはじめると、母の使い勝手が見えてくる。「あーなるほど。ここに置く理由がわかったぞ」と、少しずつだけれど納得を重ねていく。ぼくとしては、こっちの方が使いやすいなと、ものを動かすと、「そっちじゃない」「そっちだとあとで片付けが大変でしょう」「もったいないからまだ使いなさい」などなどと母が後ろから指示を出してきそうな感覚が何度もあった。

いつの間にか、母と一緒に台所に立っているような気持ちになっていた。


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