余命10分 / 2023年1月6日 — ただいま、という相手がいない。

途中から読んでくれているひとのために改めて整理。

・山形には両親が暮らしていた山形市内のアパートと、父方の実家でもある南陽市の山の上にいわゆる実家がある。

・父と母は普段はアパートに。実家を守っていた祖父が亡くなって以降、父と母は週末になると農業を楽しんでいた。

・毎年、年末年始は両親は実家で過ごした。

そう。毎年、父と母はこの雪深い実家にこもって年末年始を過ごした。つまり母がいなくなってはじめての年越しになった。

妹と弟は毎年帰っていたようだけれど、ぼくは時々だった。20代の頃は3年に一度くらいだったと思う。30歳も超える頃は長男という自覚が目覚めたのか2年に一度くらいになり、ここ数年はいろいろあって毎年のように帰ってきていたから、母のいない年末の空気はズンと重くのしかかった。

ただいま、という相手がいない。

例年、この時期になると父と母は2人で姪に会いに東京に来た。たまの東京をエンジョイして、妹と姪を車に乗せて実家に帰り、そのまま年を越えるというのが恒例になっていたみたいだ。

この年末はそれがかなわず、父だけが東京に来てそのままふたりを乗せていくということだったので、ぼくも便乗した。見慣れた東北自動車道のさみしい田舎道。母が座っていたはずの助手席に乗って、チンタラ走る車に文句を言いながらスピードをあげる父の横で、ぼうっと景色を見ていた。運転のスタイルというか、イライラするポイントが親子だなと思う。


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