余命10分 / 2023年1月11日 — こんなところに魚屋さんが。

少し昔の話。と言っても10年は経たない気がする。

めずらしく年末帰省していて、父と母の買い出しに付き合っていた。実家がある山の上から車でくだって、その麓に広がる「宮内」という小さな町で買い物をする。「ヤマザワ」というスーパーに行くのが定番で、おなかが空いていたらどこかのラーメン屋に入る。1年に一度帰るかどうかという町だけれど、子どもの頃から通っていれば見慣れた景色だ。

ただその日は、なんとなく、しっかりと町の景色を目に焼き付けていた。東日本大震災の後だったのかもしれない。あたりまえの風景も「あたりまえじゃない」と感じていたからだったと思う。いままで気づかなかったいろいろな情報が、車の窓の外に広がっていた。その時、

「ストップ」

と運転席の父に声をかける。「いまのお店に入ってみたい」と、助手席の母に伝えた。

そこは小さくて古い木造のお店。ガラスケースの中にびっしりとていねいに並んだ魚はもちろん、そこにいる店主だけじゃなく、買い物客も、そこに流れる空気もみずみずしく、入った瞬間に感動を通り越して不思議だったのを覚えている。

父も母も「こんなところに魚屋さんが」と不思議そうだったけれど、こんなに年期の入った魚屋が、最近できたお店だとは思えない。江戸か明治にタイムスリップでもしたかのような佇まいだったと思う。少なくとも記憶の中では。

ここから海まで何十キロと離れた山間の町「宮内」の小さな魚屋で、我々ははじめて、スーパー「ヤマザワ」で売られたパックのお刺身ではなく、町の魚屋の、新鮮な「お造り」を頼んだのだった。

つづく

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