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余命10分 / 2023年1月7日 — 俺の家の話。

書いてるうちにすぐに10分経ってしまいましたが、今後の日記のために少しだけ長く、実家の描写をしたいと思います。

東北自動車道は福島まではまったくと言って良いほど積雪がない。さらに豊穣して山形に入ると徐々に、トンネルを超えるごとに雪が降り積もる。

高速を降りて町を走っているあいだも、あまり雪は目立たない。しかし実家のある山の中へ入ると一気に雪は深くなる。

かつての母がそうだったように、昔はこの家が大嫌いだった。昔の家の大半がそうであったように、大きくて立派な日本家屋であることには間違いない。土間をあがると囲炉裏があり、何十畳も広がる広間があり、立派な仏壇がある仏間がある。大黒柱や天井の梁は江戸時代からずっと燻され真っ黒だ。茅葺き屋根の家には養蚕をしていた時代の屋根裏があったり土づくりの蔵があったりする。乳牛を飼っている牛舎もあれば、ツツジが咲く庭には鯉が泳ぐ池もあった。

夏は虫が多くて暑くて、冬は雪が多くて寒い。

薪で炊く風呂は温風の吹き込み口が熱くて熱くて苦手だったし、別棟にあった汲み取り式のトイレは苦手すぎて、便秘をこじらせ夜中に腹痛で病院に担ぎ込まれたこともあったほど。いわゆる絵に描いたような昔話の中の家だ。

ずっとそこで暮らしていた父からすれば当たり前の風景で、慣れたものだし笑い話かもしれないけれど、子どもの頃のぼくはもしかしたら母と一緒におびえていたのかもしれないなと時々思う。外に広がる深い森の闇も、夜の仏間にうずまく得体の知れない黒い影も、母が怖がらなければ、きっと感じ取れなかったものだと思う。

茅葺き屋根はトタンになり、囲炉裏はずいぶん前に掘りゴタツになった。池は蔵はそのままだけれど高齢の祖父のために(いま思えば母のために)父が家の一部をオール電化にしたおかげで、牛舎と別棟の便所は水洗のトイレと快適な浴室に変化し、ずいぶんと暮らしやすくなった。冷たい湧き水しか出なかった台所も、ボタン1つでお湯が出るようになった。

ぼくが大人になったからだとも思うけれど、仏間にうずまく黒い影も、いまは見えなくなった。

そのかわりあの頃に見えなかった満天の星空と、月明かりを吸い込んで青白く輝く美しい積雪が、いまははっきりと見える。

ぼくの冬休み。

その時によって見えてくる景色がまったくちがうこの実家がいまは好きだ。


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