怒羅獲者・その6・人に歴史蟻~!の巻

怒羅獲者は夢を見ている、永劫の時間の夢を…意識は無意識に抗いながら、凄惨な時代の激流の川を過去へと遡る…狂わねばならない、常識などとゆう薄弱な羊達の檻を壊すには…貴重な黄金の羊の意思を絶やさぬ為に…あの男に逢うまで怒羅獲者は何者でもなかった。唯々、なにも知らず死んで行く有象無象の一人でしかなかった。あの男に怒羅獲者は生きていく全ての知恵と力を教わった。その男は、血ヘドにまみれ弾丸飛び交う戦場から、虚実入り交じる市場経済の最前線へと、自由自在に飛び回っていた。男の名前は野火伸助。伸太の父だ。昔々、ある国の、あるスラムの、とある路上で怒羅獲者は腹を撃たれ死にかけていた。怒羅獲者には記憶の有る限り、名前は無かった。ただ沢山のアダ名があった。子供の頃はゴミ屑のように呼ばれ、青年の頃になると上等なゴミ屑のように呼ばれた。その日もただの何てことないイザゴザだった、まさか自分が死ぬなんて思わなかった。しかし、ゴミ屑のような命は、そんな何の気なしに日常の風景の中で死んで行くのだ、特に珍しくもない日常の中で、自分が本当は誰に殺されたかも解らぬままに、無邪気で残酷な子供に、ある日突然理由もなく踏み潰される蟻んこみたいな存在が怒羅獲者だった。そんな路上で死にかけていた、怒羅獲者を拾ったのは野火伸助だ。伸助は怒羅獲者の手当をし、傷が治るまで付き添った。何故そんな事をしたのかと言う怒羅獲者の問いに対して、伸助は言った。お前の目に俺と同じ暗い光を感じたからだと。傷が治ると、伸助は怒羅獲者に世界中の戦地や市場経済の中でいかにして生き残るかを叩き込んだ。戦場では弾丸を掻い潜り、経済の中では情報の中を這い回った。怒羅獲者は伸助の背中だけを見続けた。何年も何年も何年も。何故伸助について行ったのかは、伸助が怒羅獲者を認めてくれたからじゃない、助けてくれたからでもなかった。単純に野火伸助の背中からスポンジのように力と知恵を吸収してゆく自分が楽しかった。吸収したての力や知恵を行使するのは爽快だったのだ。そして、月日は経ち、ある日。野火伸助は怒羅獲者を呼び、自分はSEWASHIだと告白した。SEWASHIとはズールー語で時計と言う意味だ。19世紀後半、南アフリカ周辺で起こったズールー戦争で、イギリスに敗北寸前だったズールー族のブレイン達の前に、一人の謎の男が現れ、ブレイン達に戦術を授けた。藁にもすがりたかったブレイン達は、その男の言葉に従い、そのお陰でズールー族はイギリスに局地的に大勝した。そして、その男は預言をする。この戦争は負けるが、アフリカの地に争いは続く、真の滅亡を避ける為にはなんとしても生き残らなくてはならない。その為には、部族の垣根を越え、人種の垣根を越え、続いてゆかなければならない。その為の種と成れ!と。ズールーのブレイン達にはその意味が計りかねたが、グローバル化する以前のアフリカ人にとって、それは今でもだが、部族や人種を越えた思想体型や組織とゆうものが想像出来なかったのだ。しかし、謎の男の言う通りにしていれば、戦場で勝つ事が出来たので、謎の男の人気は猛烈に高まった。謎の男はズールー族の戦士やブレイン中から十数人を選んで側近とした。彼等は謎の男に、貴方の事をなんと呼べばいいでしょうかと訊いた。すると、謎の男は言った。私は時である。始まりのエジプトより古く、今始まったアフリカより若い。薬としては苦く、毒よりも甘い。知恵はここにあり、印はここにある。心あるものは数を数えよ、我等は無限にして有限、始まりであり、終わりである。謎の男は金色の懐中時計を手からぶら下げて示しながら、こう呼べ!と言った。だから謎の男はSEWASHIと呼ばれた。そして、それはそのまま、彼を囲む者達の組織の名前となっていった。しかし、イギリスをはじめとした欧州列強との数々の戦場で、華々しい戦果をあげながら、ある戦場で、彼等はある日忽然と消えたのである。あるいは全滅したと言われている。百年以上経った今でも、アフリカに限らず世界中の戦場では、武装秘密結社SEWASHIの名前を聞く事があると言うが、それはなかば都市伝説のようなもので、武装秘密結社SEWASHIはずっと昔に全滅した筈だった。怒羅獲者は野火伸助からSEWASHIの歴史を教えられた。その暗黒の歴史を…そしていつか、その歴史と知恵と力を野火伸太に引き継がなくてはならない、それが師野火伸助との最後の約束だったのだから。その6・人に歴史蟻~!の巻

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