思いがけない再会

初めて見かけたのは、冬の寒い朝のことだった。

当時私は、通常よりも早い時間帯に出勤していた。電車や更衣室等の混雑を避けるためだ。
早朝は、まだ人通りが少なく、空気が澄んでいて気持ちがいい。騒音も少なく快適だったが、これから始まる1日のこと、やらなければいけない仕事のタスク、いつまでたっても解消できない人間関係の悩み等で、私の内側は荒んでいた。たぶん、それまでの人生の中で一番荒んでいた。

そんなときに私の目の前に現れたのは、犬だった。
犬種はわからないけれど、つぶらな瞳にチャコールグレーの毛並み。しっぽがくるんと丸まった、ふさふさの犬。「わさお」によく似ていた。
飼い主と一緒に散歩中のようだった。駆け出したり通行人に近づいたり吠えたりすることなく、一定のペースでのんびり歩いている。道路脇の木や花壇の前で立ち止まっては鼻をすんすんさせていた。
きゅんとした。なんてかわいいんだろう、と。チワワのような小型犬もかわいいけれど、それとは違う。マイペースで、全身でかわいさをアピールしない素朴な感じがなんだか憎めない。自分の表情が自然と緩んでいくのがわかった。

その後も、何度かその犬の姿を見かけた。どうやら毎朝同じ時間帯に、同じコースを散歩しているらしい。くるんとしたしっぽを揺らして機嫌よさそうにマイペースに歩いてくる姿を見ると、笑顔にならずにはいられない。すれ違うときに心の中で声をかける。「おはよう。」と。キミに一目会えた日は、なんだかよいことが起こりそうな気持ちになる。いや、キミに会えたのだから、もう既に良い日だ。幸せな気持ちをありがとう。

やがて春が近づき、私は早朝出勤をやめることにした。諸事情で通勤ルートを変えたり引越しをしたりしたため、早朝に出勤する理由がなくなったからだ。あの犬との出会いも思い出になろうとしていた。

ところが。先日私は、思いがけずあの犬と再会することができた。

新居からの通勤経路上に、彼はいた。仕事が終わり帰宅する途中、道路脇の民家にふと目をやると、玄関先で、飼い主にブラッシングをしてもらっている犬がいた。チャコールグレーの、すんとした表情。ああ間違いない。
嬉しかった。また会えるとは思っていなかったから。きっと、もう十数年会っていない友人と再会する時の何倍も嬉しかったと思う。
あのとき私はどん底にいた。何をやってもうまくいかなかった。そんな中でも、時々キミに会うことで、私はまたがんばろうと思うことができた。
キミにはとても感謝している。キミは全然知らないと思うけど。
これからもどうか元気でいてほしい。

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