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魔界綺談 安成慚愧〜百二

「大内義隆。この世に未練があれば申すが良い。おまえの未練。この魔界少女拳参謀神楽坂十万喜が叶えてくれよう。」

男はそう言うと低く嗤った。

「め、面妖な…。」

義隆は脇差を構えた。

「げ、下郎が…この義隆のく、首をね、狙うてのことか!」

「おまえの首のう。」

男は首を傾げた。

「ま。最終的には必要であるが。」

義隆は奇声を上げ脇差を男めがけて振り下ろした。

一度。

二度。

脇差は虚しく宙を切った。

男は避ける風でもなく、まるで羽虫を払うがごとく義隆の攻撃を避けた。

「ほほ。無駄じゃ。お主はわしを殺すよりせねばならぬことがあるであろうて。」

「せ、せねばならぬこと…」

「大内家の当主として見事死することではないのか?」

「ほ、ほざけ!」

義隆は叫んだ。後先ではなく恐怖だけが義隆を支配していた。男は動じることもなくまるで数年来の友人と立ち話をするがのごとく義隆と面対している。

バタン!!

義隆の背後で大きな音を立てて障子が倒れた。弾かれたように振り返る。その義隆の顔面が一気に熱気で煽られた。炎が部屋を包む。放たれた火がいよいよ全てを消し去ろうとしていた。

動揺する義隆を見て、男は愉快そうに嗤った。

「遅かれ早かれお主は死ぬ。見事、腹をかっさばいて死ぬか。炎に巻かれて死ぬかじゃ。わしはどちらでも良い。ただ一つだけ約束してやろう。ここで見事に死ねばお主の首は誰にも渡さぬ。」

「だ・誰にも・・。」

義隆の瞳が妖しく光った。

「そう。誰にも。」

「真実じゃな。」

「真実じゃ。わしはお主が必要だからの。」

「必要じゃと。」

「大内義隆。お主はこの世に未練はないか。永遠の命を得て、この世でお前が感じた無情を晴らしてみようとは思わぬか。」

「永遠・・無情・・。」

義隆は唇を噛む。

未練。

考えたこともなかった。

大内義隆がこの世に生まれて何を為したかったのか。

為すべきもののために生きてきたのではなかったのか。

そもそも為すべきものとはなんだったのか。

義隆は混乱した。

ただ一つ。

確かなことがあった。

死にたくない。

男はじっと義隆の瞳を覗き込んだ。男の視線は義隆の心の奥底を突き刺すように抉り、弄った。

「大内義隆。生かしてやろう。魔界で。」

男の言葉が落雷のように義隆の耳朶を打った。

炎が部屋を紅く染めた。

凄まじい熱気が義隆を包んだ。それでも義隆は身じろぎもせず男を見る。不思議な快感が義隆の身体中を駆け巡る。

「大内義隆。魔界で永遠の生を受けよ。」

男は低く言葉を吐いた。

その言葉に義隆は引き込まれるようにうなづく。

「腹を召しませい!!」

男は叫んだ。

その言葉に義隆はまるで操り人形のように飛び上がり脇差を腹に突き立てる。

鮮血が噴き上り、激痛に義隆は絶叫をあげた。

「越智安成よ!!介錯してやれぃ!!」

男が叫ぶ。

・・・越智安成・・

どこかで聞いた名だと義隆は薄れゆく意識の中で思った。

次の瞬間。

義隆の首は炎の中で宙を舞った。

中国の覇者と呼ばれた大内義隆は大寧寺でその波乱の生涯に幕を下ろした。

享年44歳。

天正20年。夏の夜のことであった。


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