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僕たちの街の風景【3】

何かの物事に対しての表の面があるとすれば、そこには必ず裏の面が存在しているはずだった。

街の風景がとても生き生きときらびやかに、誰もが目を奪われるような顔をしていたとしたって、もしかしたらその裏側ではとても哀しい風景を生み出しているのかもしれないし、それは誰も否定をすることは出来ない。
寂しい街だとしても、それが本当の姿だったなら。

それを僕たちは知らなくては大人にはなれない。

大人になるということは、現実の表と裏を知るということだから。
夢を見ていたいと思っていても、僕たちはいつまでも子供のままにしておいては貰えない。

「大人になるのが嫌だって思ってても。知らないうちに大人になってしまうのかな。昔よりも今のほうが、街の景色がよく見える気がするの。」
君は遠い街の風景を見渡しながら言う。
「昔は見えないものが多かったな、と思う。何ていうか…街の表も裏側も見えるの、今はね。その中には勿論、見たくないものもあるんだけど。」「客観的に物事が見えるようになったってことかもね。」
僕がそう言うと、君はほんの少し笑って振り向いた。街の景色は灰色の空に染められたままで僕たちの姿を包み込んでしまおうとしているようだった。
「こんなに沢山の人が行き来してるのにね。何でみんなひとりなんだろうって思う。誰も誰かと一緒じゃないんだもんね。みんな、ひとりで。大人になると捨てて行かないとならないことが多すぎて、何となく必要な物まで間違えて捨ててきちゃった気分になるの。」

行き交う人並みでは、何も疑問を持たないままのように人は右往左往して通り過ぎて行く。全ては見たままの暮らしではないのは分かっては居るけれど、僕たちはその中で全てを決めなくてはならない。
「何だか、胸が痛くなるね。この街の風景って。」
君はとても寂しそうに言う。
それでも、それがきっと本当の街の風景なんだろう、見えなくていいものが目に映ってしまったとしても。
どこかから聴こえてくる音楽に耳を澄ませてみれば、そこにはまだ生まれて間もない景色が広がっていた。
「泣きたくても、笑いたくても、全部一緒に同じくらい大切だから。だから人間って脆いのかな。」

この街に佇んでいた全ての物事が、誰かの暮らしを映し出すのだとしたらそれはきっと見たままの姿が真実なんだろう。僕たちがずっと探し続けている、本当の姿。

「見たくないものを見ないように、今までずっと目を閉じてい続けていたけれど。それじゃ駄目ってやっと今になって分かる気がするの。変わらないままなんて、多分無理。人は、いつか変わるから。」

君は伏せていた目を開けて、変わっていく人と街をその眼差しに捉えようとする。
それが避けることの出来ない、大人になるということなのかもしれないと思いながら。

「私も誰かの為に、生きていけるかな。」

僕たちの迷い込んだ街の景色が、どんな風に色を変えて行くのかは誰にも分からないのかもしれない。
立ち止まって通り過ぎて行く影たちをやり過ごすことが間違いであったとしても。

いつか自分の影を映し出すビルの壁に寄りかかりながら、どこかから聴こえてくる誰かの足音に耳を澄ます。

―自分の街の風景を、どうか見失わないように。

今日もまた、街はいつもと同じように動き出す。昨日とは全く別の顔をしながら。
僕たちが歩いて行くその道が、いつかどこかですれ違っていくのだとしても。それでも歩いて行くしかないのだから。

立ち止まり、振り返り、また歩き出す。

埋もれている本当の意味を、誰もがその街の中に見つけられることを信じて。


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