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"感受性豊かで端正なアベック"「ヴィボルグ(ヴィープリ)の図書館(アルヴァ・アアルト,1935)」[建築探訪記]

フィンランドの巨匠アルヴァ・アアルトの若かりし頃の作品

ロシア極西のレニングラード州内、あの有名なサンクトペテルブルグからさらに電車で1時間半西へ向かい、正にロシアの最西端に位置するヴィボルグという静かな町に、アルヴァ・アアルトによって設計された図書館があります。

この建築は1927年の設計競技の当選したは良いものの、建設予定地が定まらないなど2度の設計やり直しで、3度目の設計にして8年後1935年にようやく完成しました。設計開始は29歳(今の私の年齢とほぼ同じ,,,)でしたが、完成したのは37歳という、とにかく大変なプロジェクトだったことを想像するのは容易です。

アアルトといえば晩年の作品を「リオラの教会(アルヴァ・アアルト,1978)」でも扱いましたが、こちらはその43年前(!!!!?)の初期の作品です。特にアアルトがモダニズムに傾倒していく頃の作品なのですが、30代にして既にモダニズム建築の到達点に達してしまっているような、非常に完成度が高く、勝手に晩年の作品だと勘違いしてしまうほど凄まじい建築になっています。

単純な構成で端正な外観と豊かな内部空間を実現した
モダニズム建築の傑作

この建物は上から見ると、丸いブツブツが付いている[ 大きな箱 ][ 小さな箱 ]のたった二つの箱で構成された建築であることがわかります。しかし、若かりしアアルトは、この極めてシンプルな構成の中で、モダニズム建築の傑作と呼ばれるほどの豊かな空間をつくってしまうのです。

ナイス立面です。プロポーションが本当に素晴らしい。入ってすぐの階段室も美しすぎ。。

波打つ天井の音楽ホール

先に説明した二つの箱のうち、[ 小さな箱 ] は音楽ホールになっています。このホールのインテリアは木材と白を基調とした北欧調で、大きな窓から柔らかい光が入り、部屋の大きさに比べ天井が低く設定されています。人間の為の居場所といった優しさを感じます。

お気づきの通り天井はうねうねと波打っています。なんて斬新なデザイン・・・と思われるかもしれませんが、実はこれは音響を考慮してつくられた天井なのです。天井に反射した音源からの音の行方を検討しているアアルトの綿密なスケッチが残っています。

実際、訪れたときに演劇のリハをやっていてピアノ演奏を聞きましたが、違和感のある残響音などはなく、そういった目に見えない音というものに対してしっかりとデザインに落とし込むアアルトはさすがです。

光と風、建築が織りなす新たな自然

そしてついに[ 大きな箱 ]、ここがメインの図書館になっています。この中に入ると、どーんと高い天井と均等に並べられた丸い天窓が目に入ります。あの丸いブツブツの正体はこのトップライトなんですね。

壁には全く窓がなく白い高い壁があるのみです。訪れるまでは公園の豊かな環境内にあるのにかかわらず、どうして窓を作らないんだろうと思っていました。

訪れて初めて分かったことですが、風に吹かれた雲に太陽が陰ると、天窓を通して空間内の光がワァーっと劇的に揺れ動きます。

いつもなら外にいても、気にも留めないような光と風の関係を感じられるのです。自然と建築が織りなす第二の自然或いは青空とでも言うのでしょうか。こんな場所で無料で本を読めるなんて最高です。残念ながら写真ではわかりませんが・・・

因みにこの図書館の下階には、子供の為の図書館があります。こちらは天井高が低く設定され、高めの位置についた大きな窓より光が入ってきます。メインの図書館とはまた違った居場所がつくられています。

デザインを複雑にするのではなく、少ない手数でこのような多様な空間をつくるのは至難の業と思います。

紆余曲折の歴史

このヴィボルグという町は現在はロシア領ですが、実はこの建築が完成した時(1935年)にはフィンランド領ヴィープリという町でした。つまり、その後の第二次世界大戦によってソ連領となったのです。

この辺の国境の入れかわり立ちかわりは我々日本人には少々強烈で、そういった経緯があるためフィンランド人であるアアルト設計の公共建築物がロシアにあるわけです。戦後ソ連領のもとスターリン主義調の改修案もつくられていて、この設計図がヘルシンキにあるアアルトのスタジオで公開されていますが、なんだかいたたまれない気持ちになりました・・・。

その後1991年にヘルシンキで修復運動が起こり、長い時間をかけて修復され2013年に公式に公開されました。この修復には経済面で非常に苦慮していたそうですが、プーチン大統領もロシア政府として援助したそうです。

近代建築は、なかなか保存運動がうまくいかないケースがある中、本当に素晴らしい出来事と思います。

世界だけでなく、日本にもそういった空間的・歴史的価値のある建物がきちんと保存されずに朽ちてしまっているケースは少なくありません。こういった好例がもっと広まることを切に願います。

最後に、ヴィボルグ駅からこの建築に行く途中にレーニン像がありました。ロシアに来た感がすごいです。ハトが頭に・・・

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