1人の時間の相棒

小学校卒業間近の授業で、一人の時の遊び相手だか、なんだかそういうお題で作文を書かされた。
自分に欠かせないものだったかな？
わたしは本を題材にした。

幼稚園の頃は、帰りの会で、名前を呼ばれた子が先生のところへ行き、絵本を持って戻ってくる様子を不思議そうに見ていた子供だった。

あの不思議な儀式は、幼稚園から保護者へ推奨図書的なお便りが渡り、欲しいものを幼稚園に伝えると幼稚園が代わりに買っておいてくれるというシステムだ。
クラスのやんちゃボーイが本を二冊程持って帰るのを、お前が？本読むの？と思ったのをよく覚えている。

「なんか、みんなごほんかってもらってる。あたちもほしい」と言ったかどうかは知らないが、多分言ったのだろう。買ってもらった様な記憶がある。

何の絵本を買ってもらったか覚えてないが、先生に名前を呼ばれて、大きなお返事をして自分の絵本を受け取った。大きなチューリップのアップリケがついたくすみピンクの絵本袋に絵本を入れる。
その絵本袋は母お手製…ではない。手芸が好きな叔母が作ってくれたものだ。従姉妹のお下がりかもしれない。
普段ぺらぺらな絵本袋が、初めて輪郭を持ったのが嬉しかった。

その時の話を母にすると「だってあんた読むと思わなかったんだもん」と言う。

嘘だ。読み聞かせをせがまれるのが嫌だったにちがいない。

読むに決まってる。折り紙くらいの大きさの物語シリーズの本は、自分で字が読める様になってからも、ボロボロになるまで何回も読んだ。

我が家は寝かしつけるという風習がなかったが、両親が不在の時祖母が読んでくれた。
祖母の語尾が上がる読み方が嫌で、文句を垂れた。
嫌なガキだ。

さて、件の作文に話を戻すが、わたしは題材を本にした。

だけど、当時のわたしは、学校の図書室から本を借りる頻度もまちまち、学校から本を買う事はしばしば、読書の時間より圧倒的に時間を費やしていたのは「絵」だった。

それなのに「本」を選んだのは「本を読む側の人間」でありたいと思ったんじゃないかな。見栄。

それと、好きだけど自分の理想まで到達できない「絵」へのコンプレックスで「絵」と書けなかったのかもしれない。
この「絵」に対する愛憎はその後高校まで続く。
いや、未だにあるのかもしれない。

とはいえ、読書らしい読書を覚えたわたしは、それなりに物語に没頭していた。

今住んでいるアパートよりも広かった実家の自室。
ベッドを背もたれにして、ストーブで暖まりながら読んだ本は「吸血鬼カーミラ」
ガラスの仮面にも出てきた物語だからそれを選んだ。
同級生に体格のいい痴女がいたのだが、長髪をおばけのように顔の前に垂れ下げて「カーミラ」とやっていた。変な女だった。
痴女と言ったが、言葉のあやでも何でもなく、本当に痴女。親が持ってるAVを見せてもらった。

話を戻そう。
わたしの実家は玄関をあがると広めのスペースがあって、右手に茶の間、左手に祖父母の部屋、突き当たりを左に曲がると台所、そのまま奥に廊下は続き、風呂場、トイレ、その一番奥に三段程の階段があってわたしの部屋がある。
自分の部屋に至るまでに、絶対に家族と顔を合わせるわけだ。

自分の部屋にいたら120%呼ばれる。同じ家に居るのに別々の部屋で過ごすことないだろうという事だろうし、当時祖母も夜中の3時まで飲み歩いたり、スリッパ片手に裸足で庭まで追いかけて来る程元気だったので、さつまいもを油であげて砂糖をまぶしたおやつを作ってくれていたりした。

そんな理由から、自分の部屋があっても、ほぼ茶の間で過ごした。

だが、本を読むため、という理由があれば罪悪感なく、自分の部屋に閉じこもることができた。
一人で過ごす時間と、月並みながら、読書が誘う知らない世界は、12歳のわたしをわくわくさせないはずが無かった。

恐らく読書量なんて当時の同級生と同レベルか、それ以下だったろう。
新しくできた相棒を、さも昔からの友達のように作文に書いた。

当時よく遊んでいた友達がいた。
一緒に絵を描き、本の話をした。その子も絵が好きだった。
彼女は作文に「絵」を選んだ。
その子もよく本を読む子だった。というかわたし以上の読書家だったと思う。
えっえっ、本じゃないの～～～？将来の夢小説家みたいなこと言ってなかった？？？

よくわからんが、出し抜かれたような気持ちになった。いちゃもんである。同時に、わたしは古くからの友人である「絵」を裏切ったような気分になった。
昔から寄り添ってくれてたのは間違いなく絵だった。
母の務める工務店の図面の裏をお絵かき帳にしてセーラームーンをたくさん描いたのに。
生まれて初めて寝ないで朝を迎えた時も絵を描いていた。

だからなんだ。って話なんだけど。
すごく印象に残ってる思い出だから、残しておきたかった。

今や絵はわたしの趣味ではなくなった。描けなくはないが、小指の下の部分を毎日真っ黒にする程描くことはなくなった。
描けないのかな。
絵を描くのが好きだと思った瞬間から、今に至るまで、自分の納得のいく絵を描いたことがない。ずっと気に入らない。
絵を描くとみるみる悲しくなる。
今年の目標は絵を描くことにしようかなあ。

片や、本、読書はまあ、集中力は格段に落ちたし、昔ほどでないが、未だに嗜み程度に楽しんでいる。むしろ付き合い方が変わり、こうやって文章を書くことの方が多いような気もする。

今「1人の時間の相棒は」と聞かれたら、作文。なんだろうな。