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どうか午前は穏やかに、ソマリア海賊



「今の仕事の前はね自衛隊にいたんですよ」
「へえそりゃすごい」
「アフリカにいたんです、海をパトロールしてソマリア海賊を取り締まっていました」
京の町に佇む古本屋「三密堂」で何やら興味深い話が耳に飛び込んできた。
店番である僕は、いったん手を止めてお勘定場に座って会話に耳をかたむける。
午前の穏やかな日差しに、通りを歩く、様々な国の観光客、隣のラーメン屋は連日大繁盛で整理券なるものをくばっている、このラーメン屋は若い店員さんが多い、隣はギャラリー、オーナーのご婦人とは表の掃き掃除をするときにおはようございますの挨拶を交わした。郵便屋さんがゆうびんを持ってきてくれてバイクがドゥルル音を立てた。
自動ドアを開けて入ってきたお父さん、店内をぐるり、外には家族(多分)が待っている。店を出ようとしてドアの前に立つ、立っている、まだ立っている。
お父さんがドアの前に立って幾らかの時間が過ぎた、ドアは開かない、ボタンを押さなきゃ開かない仕様になっているから。お父さんはどうしたものかな、なんて表情をしている、外の家族が店から出れなくなっているお父さんを見て笑っている、僕が自動ドアのボタンを押す、僕はちょっとしたイタズラ心で、外の家族と一緒になってその様子を少しだけ見てた。
ああ、そういうことねと合点したお父さんは僕に微笑む、一体どこの国からやってきたんだろうななんて思う、楽しそうだ、午前の穏やかな日差しはそんな風にして店の中に溜まっている。
彼が発した「ソマリア海賊」という言葉はここでは不相応に響いて、違和感を感じさせるものだった。
「ソマリアの海賊はもともと漁師でね」
「小さい子供だって銃を持ってるんですよ」
大きな客船を襲う現代海賊の話を以前ニュースで見たことあったような気がするが、それがソマリア海賊のことを言っていたのか、また別の何かだったのかを思い出せない。日本の自衛隊がなぜソマリアに?僕はよっぽど彼らの話に割って入って質問しようかと思った。
「親が病気になったタイミングでね、自衛隊やめて日本に帰ってきました」そうやって話が結ばれようとしていて、聞いてる方の人もっと話を引き出さなきゃ、なんて思うが、聞き手の彼はふうん、へえ、と、それでおしまい。あらま。僕もだまってちんと座っているだけ。
ソマリア海賊と聞いて、小さな頃の夢は海賊だったなと思い出す。
おそらく一番初めに抱いた夢。もちろん漫画の影響。
絵本の海賊ポケットなんかもあったなあ、ピーターパンで好きだったのはフック船長、、じゃないフック船長を食べちゃうチクタクワニだ。自由気ままに海をさまよう海賊に憧れていた、母親に海賊になりたいというと、犯罪だと言われた、今でも海賊という言葉を聞くと、物語の世界の海賊たちが顔を出し、ワクワクした心持ちになる。が、本物はそんなわけない。
欧米が勝手に決めた、ソマリア沖での産業廃棄物の廃棄の認可に、漁師たちが武装して対抗、賠償金うんぬんかんぬん、、、。
自由気ままになんて、現実はそうはいかない、国際問題、自衛隊の海外派遣の是非、肩に担いでいるのはロケットランチャー。
幼稚園の学芸会、ピーターパンの劇では、チクタクワニの役だった、歌いながら一人で出ていかなくちゃならない、今だったら絶対に避ける役だ、よくやったなあ、友達のSくんを食べちゃったんだ。

ソマリア海賊はそれっきり午前の穏やかな日差しにまぎれて消えていった。



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