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夢急行


私は新幹線に急いで乗り込まなくてはならなかった。何かに駆り立てられるように、焦っていた。
なぜ急いでいるのか、なぜ新幹線に乗り込まなくてはいけないのか自分でもよく分からない。ただただ私は目の前の新幹線に乗り込まなくてはいけなくて、そしてもう時間が無かった。

発車の警笛が鳴り響いて新幹線はゆっくりと動き出した。嗚呼もう駄目だと思い、立ち止まって呆然と新幹線を虚な目で見つめた。もう少しだったのにと後悔の念がふつふつと沸き起こった。額は脂汗でしっとりしていて、髪の毛がへばりついている。心臓がドコドコと音鳴らし、肩を上下に大きく揺すっている。
そうしていると目の前に中年の女性がのろのろと進む新幹線と一緒に走っているのが見えた。その女性は走りながら窓をとんとんと叩いている。中の乗客がそれに気づいたらしく中から開けてやり、女性はひょいっと飛び乗った。そんな乗り方があるのかと感心し、すぐさま私も同じように真似てあとに続くように走り出した。まだ新幹線はそんなに早くは動いていないから大丈夫かもしれない。

私が勢いよく、髪を振り乱し走りだしたのを、中の座っている乗客がちらちら見ている。いい大人が全力で走ることなんかそうそうあることでは無いのだから無理ない。恥ずくかしく思ったが、これに乗らなければいけないのだからしょうがない。
ドアを強めに叩いた。窓際に青年が立っていて目があった。
「お願い、開けて」
普段大声を出すなんてことはめったにない。ホームにいくらか人はいたがなりふり構わず叫んだ。私はどうしてもこの新幹線に乗らなければいけないのだ。

青年の表情は変わらず、私の声が届いたのか届いていないかはっきりしなかったが、ボタンを押してドアを開けてくれた。

プシューーーー

「ありがとうございます」
勢い余って、静かな車内でかなり大きな声でお礼をいってしまったことを恥ずかしく思い後悔したが、少年は驚いた様子もなく無言で目を合わさずにかすかに会釈をしたのみだった。新幹線が走りだしてからドアを開けたせいで風が車内に吹き込み、少年のよく手入れされた艶やかなマッシュルームヘアが乱れてしまった。少年の他にも乗客はいたが、こちらに目を向ける人は誰もいなくて、それぞれ携帯をいじったり車窓を眺めたりしていて、すぐに静かな車内にもどり少年の髪も、もう整っていた。
自分の弾んだ息だけがこの空間に浮いている。
無事乗車することができたわけだが私は何をしに何処へ行くというのだろう。疑問は消えないが、どこからともなく安堵が押し寄せ、これでよかったのだと胸を撫で下ろした。
とりあえず席に座ろうと思い、空席を探した。車内は混んではおらずそこそこの空席があった。
窓際に座りたかったので窓際の空席を探していると、ある違和感を感じた。
座っている乗客の中に、見た覚えがある人がちらほらいるのだ。どこかであったのか、それとも有名人なのかはいっこうに分からない。見た顔が一人じゃ無いのがまたおかしい。

売れていない芸人の団体かなと、くだらないことを考えているところに、信じられないものを目にして小学生の学芸会での演技のようにわざとらしく驚いてしまった。どんな大根役者だってあんな驚き方はしないだろう。
窓の外で老年の男性が新幹線と並走しているのだ。もう相当なスピードで走行しているのにも関わらず、何ともないといった風な、涼しい顔で走っている。いや、浮いているのだ。まるで公園で犬の散歩をしている老人のようだ。
私が大きな声を上げたせいで、乗客の幾人かは訝しげにちらちらとこちらを見ている。老人が浮いている窓に目をやる人もいたが、特に驚いた様子を見せる人は一人もいない。

パニックになりながらも無理やり落ち着き払い、なんとか平常を保とうと席を探した。
一度腰を落ち着けなくては。
奥に進んでいくと、女性三人組が目に入った。
その三人を見た途端、私がなぜこの新幹線に乗りこまなければいけなかったのかを瞬時に思い出した。

私は彼女達を連れ戻しに来たのだ。

頭の中に花火が上がったかのように、頭のモヤモヤが一気に消し飛んで爽快な気分がした。
そうだあの彼女たちを説得し無ければならないんだ。それが私の目的だ。
それがわかると、前をしっかり向いてずんずんと彼女達に近づいていく。三人とも顔を見たが、顔見知りなわけではい。しかしそれは重要ではないのだ。

「あなたたちこんなところにいたらだめだよ、私と行こう」
迷いがなくなった私は彼女たちにしっかりハキハキと聞こえやすく言った。

声が彼女たちに届いたようで彼女たちは私を見つめた。
明るい綺麗な目をしている。

「私たちは一緒にここへ望んできたのよ。戻る気はさらさらないわ。」

彼女は笑い合って楽しそうだった。
そうか、それなら仕方ないなと思った。
楽しそうにしているのを無理やり連れていくのもな。

そもそもこの新幹線は途中で降りれるのかしら。

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