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すべるバー


「やだわあ歳やわあ」
となりのご婦人がそういって苦々しく笑う。
その少し後ろの旦那は追従笑いを浮かべ、かと言って力を貸してやるかというとそうでもなくぼうっと眺めている。
彼女はどんどんとしかめっつらに、明らかに苛々としてきている。それにも旦那は頓着せず、先程までいたお勘定場の方を意味もなくきょろきょろ。
僕はそんな二人を尻目に、彼女達の横にカゴを置く。カゴの中には安かったものを片っ端から買った、長茄子、アスパラ、ブロッコリイ、豆腐、、。

コロコロと転がしてビニイル袋を引っ張って一枚ちぎる。
環境対策だといって自前のものを提唱しておいて、この生鮮食品を包むための持ち帰り自由な小さいビニイル袋は依然として、商店スーパーに常備されたままでとっても助かってはいるのだがどうも判然としない。
しかしブロッコリイなど裸のまんま持ち帰るのはなんだか憚れるし、無料だしで、反対とも言えない。むしろこれからもよろしくと言いたい。環境保全は身の回りから、はじめないといけないのは重々承知なのだけれど、、、やっぱりやっぱりそのままあり続けて欲しいという欲念に駆られてしまう。
ご婦人も先程から、このテイクフリービニイル袋に買った物を詰め込もうとしているのだけれど、口が中々開かずに苦心しているご様子。
だから「やだわ歳やわあ」なのだ。
人は歳を経ると脂っ気が無くなって、こうやって頁を繰ったり、ビニイル袋の口をあけるのに苦労する。此処には指の乾燥を解決させる、補助するものが何一つなかった。

僕はすたいりっしゅに、且つスムーズに滑らかに、軽やかに、流れるように、若さいっぱい元気いっぱいに袋の口をさらっと開けたいところ。
だけれど、、、上手くいかない。あれま。
落ち着いて落ち着いて。
あれ、これ、お口はこっちであってる?
ああ、お尻はこっちね。あってる。口のところを、スリスリ。駄目だ。
段々と苛々してきた。
しばらくご婦人と競い合うようにして(彼方にはそんな気は微塵もないだろうけれど)真面目に袋の口を開けることに専念する。
んん、くそう。すべるすべる。

そんなところに先程まで黙然としていた旦那が後ろから彼女が格闘しているビニイル袋をひょいとさらってしまうと、いとも簡単に開けて見せた。
あらま男前。かっこいい、、。妻も大いに感心しているようだった。続け様にもう一枚。さらっと。
おおっと彼女は感嘆の声をあげた。

二人は颯爽と店を後にした。
旦那さま僕のもお願いします、、、という思いはお首も出さずに、めげずに立ち向かい、少し遅れて無事袋を開口することに相成ったのでした。

本当にお口が滑りやすいのね、君ってやつは。









追記
寒い季節になると歳はそんなに関係ないですよね、、、。


僕は人生で、知り合いの前で言ってはいけない類の事を、口を滑らせてしまったことがあったような気がするんだけれど、忘れてしまった。

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