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じっくりこんがりガール


子連れで賑わう、ふぁみりぃ食堂。
広々とした店内は気兼ねなく長い間居座る事ができ、いたって大らかな雰囲気漂う。
一人掛けのテエブルもあればダイニングテエブルまで、さらに椅子はソファタイプで大変居心地が良く、一人で大人数用のテエブルを広々と使ってもよし。そして全席にコンセントが備え付けられているものだからコンピュータをカタカタさせてる人もちらほら。
僕はこの状況に甘えに甘えて、ドリンクの飲み放題プランとサラダのみで、どっぷりと根を生やしている。そんなお客は僕だけでなくて、となりでおしゃべりする婦人連中だって、またその横にいる老年男性だって僕がここに来た時からいる。
先程来店した一人の若い女性が、じいとメニュウと睨めっこをしている。かれこれ10分は経ったんでなかろうか、それなりに長い間黙考しているよう。じっくり。
ここはふぁみりぃ食堂であって立ち食い蕎麦屋でないので、ごゆるり決めてくだされなと、少し先にこの店にはいった先輩としてのおうような心持ちで、然程気にしてはなかった。そうはじめは。
僕は本を読みながら珈琲を呑んでいて、飲み干したのでおかわりをしようと席を立った際に、女性の方をふいと見ると、まだメニュウを眺めている、、僕が珈琲一杯飲む間中ずっと逡巡しているようで、これなかなかと思いながら珈琲をもう一杯。あまりに思い悩むと体に毒ですよ。白いマグカップになみと入った珈琲が揺れる。
この人は果たして決断することができるのだろうかという老婆心からちらちらと横目でメニュウと睨めっこしている様子を伺う。
僕はすぐに決めてしまうタチで(店に入る前から決めていることも良くあることです)
メニュウの最後まで読まずして決めてしまうことなんでザラで、むしろ最後まで見る事なんで殆どない。「最後のページに一番食べたいものがあったらどうすんのよさ!」って言われた事もあるけれど、僕は食事において後悔した覚えは殆どなく、人の頼んだ料理の方が美味しく見えるなんて経験も無く、基本的に自分のチョイスに満足してしまうのだ、
程なくして無事、彼女が注文を通すことに成功したのを見届けて胸を撫で下ろし、もしかすると食事どころではない、わけありの事情があるのかもしれない、、そう想いながら頁を繰る。
ウェイタアが彼女の元に食事を運ぶ。
隣の婦人の遠慮ない笑い声が響いて、その隣りの老年男性は目を瞑っている。向こうにいる若い男はノートを広げながら携帯をいじる。コンピューターのカタカタとする音。
そんな中やっと彼女の食事がはじまる。


はじまりはしたのだが、、いつまで彼女は食べてるんだ、、。
そう思い始めたのは、一時間ばかり経ってからだろうか。時間が惜しいと急かせか生きる現代人への彼女なりのアンチテーゼなのだろうか。
彼女はおそらく二時間ほど食事をしている。おおよそ現代人が食事にあてるであろう時間を大きく逸脱し、これが我がスタイルでございってな風に悠々と、、といえばいいのだろうが、ぼそぼそと、、と食事を続けている。
一人で和気藹々と食べられた方が恐怖するが、なんと言えばいいのだろうか、矢張り楽しそうではないのだ。口に食べ物の運ぶのが億劫で、仕方なしに食事をしている。そんな様子にさえ見えてしまう。
追加注文はしていない。まだ口をもごもごさせている。食事を終わらせたくないのだろうか?大丈夫かしら。
気になるあまり、何度も向かい側にいる彼女の事を見てしまう。そして何度か目が合う。

どきり。

先程まで弛緩していた心が引き締まる。

暫く経ってから見遣ると、彼女は真っ直ぐを向いている。そして口をモゴモゴ、まだ続いている。また目が合う。
段々と勝手に妄想が膨らんでしまい怖くなってきた。


結句、僕が食堂を出るまで彼女は食べ終わる事がなかった。(何時間いたんだろう)
どれだけゆっくり食おうが人の勝手だ。横取りされる恐れのないのだから、心ゆくまで、大らかに食事をしたらよい。僕が抱いた妄想に関しては控える事にしよう。


彼女が座るテエブルのまわりには、何故だかお客がいなかった。それだけ。


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