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季節のぜんまい

今日は本を買ってどこかで読むぞと自分をほっぽり出した。
時世の煽りを受けてなのか家のすぐ近くの古本屋がこのところやっていない。
安く手に入れたいという助平ごころがあるので書店はなし。古本求めて旅へ出るという気分でもない。それならば図書館、と思って行ってみたけれど予め予約してからでないと本が借りることができないみたいだ。


ありゃま


あんまり動き回りたくないのでなんとか家の近くで本を調達してどこかで読みたい。
携帯で検索をかけるとすぐ近くに一軒見つけた。
とりあえず行ってみることにした。
案の定というか期待せずにいったんたが、やっぱり営業していなかった。もしかすると既に閉店しているのかもしれない。

ふと向かいに目を向けると古めかしい漬け物屋さんがあった。
古漬けや田舎漬けなるものが売っている。
先日友達に白菜と日野菜の古漬けをもらって美味しくってすぐ食べちゃったところだ。
こんなところに漬け物屋さんがあったとは。
僕がじろじろ見ていると店の奥から男性の店主さんが出てきた
歳は70歳くらいだろうか。耳が遠い。
ことごとく聞き返されてしまう。
普段自分はコミュニケーションを急ぎすぎているのかもしれないなと思った。
なるだけゆっくりと話した。

「きゅうりのふるづけはどれくらいつけてるんですか?」

「まだ一月ほどやね」


「このいなかづけはだいこんですか?」

「大根。これも古いやつ。美味しいよ」

「きゅうりいっぽん50えんってやすいですね」

ゆっくりとした会話

古本を買いに出かけたと言うのに気づけばきゅうりの古漬け2本買って帰宅していた。
先日買ってまだ読んでない本があったことを思い出した。(買ったのに読んでいない本はたくさんある)
これでいいや。
古漬けを冷蔵庫にしまって一冊携えてまた家を出た。
帰りの楽しみがふえたふえた。
暑さがどんどん身をひそめ過ごしやすい日が増えてきた。肌を抜ける風がひんやりとしている。
季節のあいだを自転車でふらふらとくぐりぬける。
錆びついたチェーンはキイキイと音を立てる。季節を変えるためにゼンマイを巻いているようだ。

巻き切ったところで僕はポケットに忍ばせた本を読む。1ページ、いや1行だけでもよい。










追記
自作曲「日々の栞」のアニメーションを描いてくださったささきえりさんの個展「のびのび」のテーマソングをつくらせてもらいました。
ささきさんの作品で彩られたゆるやかな空間に僕の歌を添えていただきました。
足を運べなかったのが心残りです。

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