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春の残り物とらっきょう壺




連作随筆 前編

「甘酸っぱい春の残り物」(仮)




今日はとっても良い天気、こんな日は何かしでかしてやろうという気になってくる。
さてどうしたものかしらんと、その前にシャワーを浴びて体を綺麗にする、ギター弾いて、ぽんぴろぴんと歌う、トマトジュースを飲んで、さあ出立。
柔らかい日差しに満ちた往来に出る。
そうだ、味噌屋に行こうといことで自転車を走らせる。空気の抜けた少し頼りない車輪をころがして、鼻歌交じりに街をゆく。
春の残り物をいただいているような気になってくる。そんな春の残り物風の街のアスファルトには焼き魚が落ちていた、おばあさんが人形を抱えて空を見上げていた、バットを振る少年がいた、犬がいた。
味噌屋はお生憎様、営業時間を過ぎてしまっていた。
あらま。
天気が良い天気が良い、何かせねばなあなんてぼけえっと考えているうちに、あれよあれよと時間が経っていたのだった。文章に起こすとたった二行で済んでしまうことをだらだらといつまでも過ごした。しかしだからといって、それが徹頭徹尾、無駄な時間であったかと言われればそうとは思わない。ほんのちょっこし、ほんのチョッコシだけ無為に過ごしてしまっただけのことである。こんなの取り返そうとするまでもないのは分かりきったこと。

帰りに寄ったスーパーマーケットで、あるものが目に入る。生姜。新生姜だ。茶色じゃなくて白い方。これを甘酢に漬けこんでガリをつくるのがいいんじゃないだろうか、うん、それがいいと、決まってしまえばあとは早くて、スーパーマーケットの二階にある百圓均一でボトルを購入、帰ってさっそく新生姜を洗って、皮を剥く、薄切りにする。ほんのり紅い先っぽは色付けのためにとっておく。
生姜の良い香りと音楽。
知り合いがつくった曲を流す。
薄切りにした生姜を湯に通しザルにあげて冷ます。塩とたくさんの砂糖とたくさんのお酢を鍋に火をかけて溶かす。
冷ました薄切りの生姜を数枚かさねて、寿司職人のようぎゅうっと握って水気を落とす、そうすると段々と見覚えのあるガリっぽい姿になっていく。
最後は甘酢をかけて、先っぽの紅いところを入れて出来上がり。しばらくするとガリが綺麗な桜色に染まっていく。
その晩食べて見た。それこそ春の残り物のような、甘くてぴりっとした爽やかな香りが口いっぱい広がった。

後日、同じスーパーマケットへ行くと買ったのと同じぐらいの新生姜が半額に値引きされて売られていた。

あら、春の残り物の残り物だ。




追記
新生姜は露地栽培ですと旬は秋なんだそうで。





連作随筆 後編


「壺よく解釈した生活(仮)」







「茶壷、茶壷、茶壺にゃあ蓋がない
底をとって蓋にしろ」なんて、昔やった手あそびの歌が頭の中に流れ込んでくる。何故か、壺を目の前にしているからだ。
茶色の小さな壺、なんだかよくわからないスプーンを描いたような模様、何故か魅了されて立ち止まってしまった。雑貨屋。

昨日丁度らっきょうの皮をむき、洗い、塩を入れ、大さじに16杯もの砂糖をいれ、酢とみりんをどぼどぼ。鷹の爪ぱらぱら。漬け込んだところだった。
「らっきょうむき」そんな職業がこの世にあるのだろうか、もしあるとしたならば過酷仕事であろう、何、作業自体は単簡かんたん、薄皮剥いて、頭とおしりをちょんぎる、ざっと1キロ分、ずっと続けるとタマネギ似たちょっこし辛いようならっきょうの匂いが指にこびりつく。もしこれを毎日続けたならば指はらっきょうの匂いになってしまう、それは辛いことである。
唐揚げは美味しい、とっても美味しい。だからといって、始終指から唐揚げの匂いがしたらうんざりしてしまう。昔、弁当をカバンの中でぶちまけて唐揚げの匂いがこびりついてしまったことがあって、匂いは然るべきところから漂わってもらわないと不快でしかないということを思い知り、あらゆる鳥が使われた料理の中でも、頭抜けて鶏の唐揚げが好きだったあの頃でさえカバンの中から唐揚げの匂いが漂うと閉口してしまうのだった。
これは人生の教訓の一つとなった。

「らっきょう指」なんかなおさら、考えるまでもない。

壺、目の前にあるのは茶色の壺、いいなあ。
僕は一つも壺を持ち合わせていない。
食卓に小さな壺を置いてみるのを想像してみる。らっきょう壺、糠漬けを入れるのもよい。壺のある生活は、僕に良い影響を与えてくれるのではないかとそんな予感がした。
壺のある生活、壺を持つ生活者、生活の壺、生活と壺、生活は壺、壺のような生活、壺活。

売り場には小さい壺が四つ、大きい壺が一つ、並んでいる。
僕は一番前にある小さな壺を一つ手にした
次に手に取ってもらえるのは僕だと考えているに違いないだろうし、そこで後方の壺をとってしまえば落ち込むかもしれないから、やっぱり一番前の壺にすることした。








追記
鶏のお尻には油壺なるものがあるらしいですね

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