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魚うおういえいえい


川のあっちとこっちを堰き止めて大きな生簀にする。いっぱいいっぱい、たっくさんの魚を大人たちが放つ。

今も催されてるのかは知らないけれど、僕の記憶によれば、夏の或る日の高野川では一日だけ魚まみれになった。
其れはYの字に別れる鴨川デルタの右側に当たる川で、それより下流を鴨川、上流を高野川とよぶ。
流れを堰き止められた川は、平生の生気を失い、異様であった。あまりに異様で記憶も朧げなため、あれは僕が拵えた夢だったのではないだろうかと訝しむほどである。
水中を滑る沢山の魚に足くすぐられ、背中に覆いかぶさる夏の光、顎を伝う汗、向こうで響く水が流れる轟音、叫声と哄笑、全てが僕の中を通り過ぎていく。つるつるな石で足を滑らさぬように慎重に腰を屈め、タモを握りしめながら水の中を睨みつける。魚は探す必要がない。もうそこたらじゅうに泳いでいるからだ。どいつをつかまえようかしらんと余裕しゃくしゃくなのである。
あちらこちらから、子供の叫び声が聞こえる。魚が飛び跳ねて、顔を叩かれる子さえいる。川畔には見物人が大勢いて、騒ぎに驚いた鳥たちは、こんなところには居れぬと空に逃げる。
時々、頭の上の空を見上げると、川と睨めっこしていた反動で頭が痛む。また汗を拭う。

大仰なお祭り騒ぎのど真ん中で、大きな魚がプカリと浮かんでいる。たしか鯉だったと思う。
死んじまった魚には興味がない大勢の参加者たちは気にも止めず、元気な魚たちと追いかけっこしている。
僕の目には、堰き止められ川と同じように其奴がひどく異様に写った。あっちへこっちへ、慌ただしく人が動いてできた、渦によって魚はくるくるとまわされている。この勢いに漲った場所でぽつねんといる魚を見ると酷く寂しい心持ちになった。遠くからでも、しかと認識できるほどに、其奴は大きな体をしている。
僕は其奴を捕まえることにした。
救済するつもりなのか、唯でかい魚を手中に収めたいという欲望からなのか、よく覚えてはいないがとにかく、其奴を手にしたいという気になったのだ。僕がすぐそばまで近づいても其奴は、体を水面に浮かばせたままで動かない。僕が作り出す影に其奴はすぽりとはまる。
タモを水の中に潜らせて魚を掬い上げ、いとも簡単にそいつを捕獲することができた。

そうすると網の中でそいつは激しく暴れだした。僕はあまりの態度の変わりようにたじろいだ。
「こいつ、いきとったああ、いきとったああ」
僕は叫んだ。
魚うおういえいいえいと凱旋をあげる。こんなに大物は他にはいない。

周りの人は網の中で暴れる魚に驚いた様子であった。

生存戦略として、こいつは死んだフリを決め込んでいたのである。彼の目論み通り、多くの人は、こいつを見逃したが、不幸な事に僕に見つかってしまったのだ。
ここから人生の教訓が得られるかもしれんと、今になって思い返して、暫く考えてみたけれど、結句、何も浮かばず。

なんやろかいね。


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