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猫の額にお鉢が一つ



部屋に小さなガジュマルの木を置いている。


猫の額ほどの広さの小さなあなぐらに何故ガジュマルを迎え入れようかと思ったのかというと、衝動に駆られたとしか言い訳が立たない。
部屋に命あるものを置くと運気があがるだとか、観葉植物を置くと風水的にうんたらかんたらと耳にしたことあるけれど、そんなことを期待して買ったわけでは決してない。

あらゆるお花や木が置いてある植物園のようなお店で、このガジュを見つけてどうしても持って帰りたくなってしまったのだ。
気づけば小さなお鉢を持って足はお勘定場にむかっていたのだった。
不精な僕にとって、植物とはいえ命あるものを育てるということは大変なことである。
しかし、かれこれ3年ほど大過なく一緒に暮らすことができている。これはひとえに彼の力強い生命力のお陰であり、只々感嘆するばかりだ。

一つ告白すると僕にはサボテンを枯らしてしまった前罪がある。砂漠地帯で生き抜くことができる植物を枯らしてしまったのである。最後は茶色く変色してひょろひょろとひしゃげていた。あの時のサボテンには大変申し訳ないことをしてしまったと思っている。
そして、なぜこれを書くに至ったかというと、ガジュに水やりをするのをとんと忘れていたことに先程気付いたからである。
危うくまた同じ過ちをくりかえすところだった。
急いでコップに水を注ぎ、ガジュに飲ませてやる。

ジュウ、、、

ものすごい勢いで根っこは水を吸収した。どれほど渇いていたのだろう、、。こんなにもがっつく植物初めて見たかもしれない、、。
(カラカラだったのねごめんよ)
お詫びをこめてMONGOL800の「ガジュマルの木」という懐かしい歌を聴かせた。

そしてもう一つ告白すると、僕はカジュに労働を強いることがたまにある。
テレビ電話や配信をする時に、鉢に携帯電話を落として、体に立て掛けさせてもらっているのだ。
それでいて水をあげないなんて、本当にとんでもない無頼漢だ。心あらためなければ。








追記

4月の10日に京都の恵文社という本屋さんで歌うことになりました。
昨夜告知させてもらったのですがありがたいことに完売となりました。嬉しい。
少人数制のこじんまりとした小さな音楽会です。
共演は内村イタルくん(ゆうらん船)。

普段はなるだけ静かにしなくちゃいけないところなのにね、、楽しみだ。

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