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ふまんぷく男、空をゆく


大食漢、大食らいというほどではないが、よく飯は食う。中食らいといったところだろうか。
僕は体がひょろひょろてんにできているから、食も細いだろうと思われがちであるが割に食うし呑む。
定食屋では必ずといっていいほど、ご飯を大盛りにしてもらうし、丼を食うにしたってそうする。わんぱく育ち盛りなお年頃を、経て久しいが、未だ中学生の時分と飯を食う量はさほど変わらぬように思う。
実家では年頃になると、食卓に並ぶ茶碗がどんぶりに変わった。四つ上の兄もどんぶりで飯をかきこんでいた。この兄も同じくひょろひょろてんのもやし体型である。
僕も兄に続いて中学生に上がる頃にはどんぶりに変わり、おかわりがない日には母親から、あんた食細いなあと小言を言われたものだ。今にして思えばかなり体育会系である。
だから大体の晩飯は丼に二杯食っていたと記憶している。(こう書き連ねてみると今ではさすがに丼に二杯は食わないから、落ちついたのかもしれない、、)
それなのに兄弟の体重は一向に増えずに、僕なんかは細すぎるがゆえ、学校を通じて保健所から御達しがあったくらいだ。
昼休みに担任から職員室に呼び出され、両親に渡してほしいと辛気臭い面持ちで茶封筒を渡された。
中には父兄向けの子供相談室への案内が入っていたようだ。母は恥ずかしいと言い、父と兄は笑っていた。面目ない気になったが、どうしようもないじゃないかと半ば捨てはちとなっていた。あれだけ飯を食わしてやってるのに、食ったもんを一体何処へやっているんだバカタレと憤る両親の気持ちは、十二分にわかるが、自らの力のみで解決できうる問題ではない気もしていた。
「カネモトだって小さい頃は華奢な体やったよ」と励ましなのか追い込みをかけるつもりなのか、母はそう言った。カネモトは有名野球選手で、ファンからはアニキと呼ばれていた。

話は戻って、僕はひょろてんの中めし食らいである。そんな中めし食らいに思うところがある。
大体の飯屋における一人前の量は少なすぎやしないだろうか。物足りないし、かと言って増やそうとすると課金を余儀なくされる世知辛さ。
大飯食らいの不満はさぞ大きい事だろう、僕でそうなのだから。大体が一人前では、お腹が寂しい。自分のお金でご飯食べるようになると、自分のお腹が憎たらしくさえ思えてくる。飯を人より食わなければ満足できない体というのは失費が嵩むという点で、人生においてハンデを背負っていることになるのではなかろうか。これは痛ましく、哀しきことだ。誰か僕を慰めてくれ。


と、ふまんぷく男が空になった皿を前にして僕にぶつくさ言っている。
さっきまで美味そうに、幸せそうにしてたくせに。勝手なやつだ。

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