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今気になっている環境問題

少し前から気になっていることがある。
もともと私は、環境問題等にそれほど関心がある方ではない。
が、道端に捨てられているゴミにやたらと敏感に反応するようになった。
特に私が敏感に嫌悪感を感じるのが、高速のSA出口沿いに捨てられているゴミのあまりの多さ。
割と新しくつくられたSAというのは、道沿いすぐというよりは少しカーブ道を入っていくとSAに辿り着くところが多い。
そのSAから本線に戻る道沿いのゴミの多さに、
怒りや嫌悪感を感じるようになった。
まだ一般道であれば、勝手にボランティアでゴミ拾いをしても問題はないだろう。
しかし高速となると、個人で勝手にそれをするわけにはいかない。それがもどかしい。
どうしてそんなところにゴミを車内から、わざわざ投げ捨てる?
純粋に疑問だし、怒りを感じるのだ。

それと同時に、公共の駅だったりSA等のトイレの清掃をしてくれているスタッフさんに尊敬を抱くようになった。
何かきっかけがあったわけではない。
が、私には到底できないと思うのだ。
マナーなどお構いなしの汚し方をする人がいる。
それを綺麗にしていく仕事。
とてもじゃないけれど、私にはやれないと思う。
だから清掃員さんを見かけるたびに、ありがとうって思う。
ふと思ったのだ。マナーもお構いなしな汚し方をする人に限って、
「清掃員だって金もらってんだろ?
それが仕事やねんからやって当たり前!
つか底辺のする仕事!
他にどこでも使ってもらえねーやつのする仕事!」とか言いそう。
いやいや、正直さ私なら仮に100万貰えたとしてもとてもこなせる自信ないよ?
実際している清掃員さんは、見たところシルバー人材さんかなぁ?と思われる高齢の方が多いようにも見受けられる。
対価等は知らないが、おそらくとても低賃金なのではないかと予想している。
まぁ私が言いたいのは、対価どうこうの話ではない。
公共の場でマナーを守れない、自分勝手な行動をする人はそれは自分軸とはいえない。

この思いを母に話したところ、かえってきた反応は、
「あんた価値観変わったね。
私は清掃員さんを見かけた時は一言声をかけているよ。ありがとうってね」

そっか、そうだよね。
私も今度そのような場面で清掃員さんを見かけたら、ちゃんと言葉にして伝えよう。
こんな大変なことを担ってくださってありがとうございますって。
私の価値観が変化していくのは当たり前だ。
もう以前の私じゃないのだから。
私にはとてもできないことをしてくれている世の中の人たちには、やはり尊敬と感謝を抱く。
人間にとって大切なことは学歴でも資格でもない。
そんなものはどうだっていい。
世間的に底辺だとか、どんな見られ方をされようが私は尊いと思う。

もちろんトイレ清掃員さんだけではなく、
他にも多くの人が敢えてやりたがらないことをしてくださっていることがたくさんあると思う。
昔でいう3K、きつい、汚い、危険なんて言葉があったり、今では10Kとかいろんな言葉があるが、
そのような役割を担ってくださる方がいらっしゃるからこそ、私たちは快適に暮らすことができている。
そのような方たちにここは目に止まらないかもしれないが、感謝を伝えたい。
もちろん直接お目にかかった時には、母のように声をかけようと思う。
それから、道端のゴミ問題も。
捨てる人をやめさせることはできなくとも、
気づいたら拾うことは私にもできる。
その行動は本当に地球からしてみれば、微塵すぎるかもしれないが、
それだけ今私の中で占めている社会問題くらいに気になるのであれば、考えているだけでなく
自分にできることからやっていこうと思う。
そこに対価とか、承認欲求とかそんなものはどうでもいい。
誰が見てる見てないも関係ない。
気づいた人がやればいい。
どうやら私(の魂)にとっては、
今このようなことが大きな関心ごとになっているようだ。

個人宅でどのような暮らし方をするかは、その個人の自由だ。
だが、公共の場ではみんなが気持ちよくいられるよう最低限のマナーは守ってほしいものだ。
なぜだかわからないが、少し前からゴミ問題や
マナーの問題が気になって仕方なくなってきたので、これも私が取り組んでいく課題のひとつなのだと思っている。

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