稲生怪幽記 第三話「宋代麗人図」
ある日の夜。都内の某商社に勤務している黄田満は帰路についていた。最寄り駅で下車し、徒歩で駅前の繁華街を抜けて住宅街に向かっていく。いつもと同じ道順だった。
十月下旬。うだるような夏が嘘だったかのように今では秋の乾いた涼風がかすかに吹いている。
街路樹に植えられた金木犀の香りが夜の大気に漂っていた。
──もう秋になったんだな。
黄田満は夜空を仰ぎながら一人で呟いた。
この男は今年で三十八歳になる。家のローンもあるので毎日、必死に働き続けている。妻はいるが子供はいなかった。いない