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小さな鯨

 コーヒーを一口。満たされた琥珀色の鏡には、ゆらゆらと歪む私の顔が映っていた。机の上の白いお皿にちょこんとマカロンが一つ残っている。
 
 「あ」っと、溜息にも似た声が出た。最近は特にいいことがない。かと言って悪いことがある訳でもないのだけど、ただただ漠然と過ごしていることに、とても憂鬱を感じていた。月曜日から始まり、金曜日に終わる。土曜日、日曜日をダラダラとつかって、また月曜日へ。ルーティンのような、はたまたマニュアルのような、肩身が狭いような、窮屈のような、それでも辛い訳では無いからまたタチが悪いと思う。きっと、 この先もこんな調子なのだろう。
 
 目線の先ではダラダラと教育番組が流れていた。今日は鯨の親子の話らしい。ぼーっと見ていたが、悠々と泳ぐ鯨を見てハッと思いついた。
 
 私、鯨になりたい。
 
 あの番組の親子のように、私も大海原を泳ぎたい、そう思ったのだ。何者にも囚われずに、ただ悠々と生きたい。鯨になったら何をしようか。海の果てへ旅にでも出ようか。あるいは未だ見ぬ深海の底を目指すのもいいかもしれない。
 
「あぁ、鯨になれないかな。」
 
  気づけば声が出ていた。
  でも待てよ、鯨は哺乳類だ。私も哺乳類なわけだけれど、ひょっとすると私の中にも脈々と鯨の遺伝子が流れているのではないだろうか。顕微鏡で見ればその中に一つや二ついるのではないだろうか。私を泳ぐ小さな鯨が。そうだったら素敵だろうな。
 
 少し笑った。
 
 気がつけば机のコーヒーは冷めていて、テレビの時刻は、午後三時をさしていた。物思いにフケすぎた。残ったマカロンを頬張り、冷めたコーヒーで流し込んだ。そういえば忘れていた、洗濯物が洗濯機に入りっぱなしだ。いつもなら気だるげだけど、今日は少し元気が出ている。
 
 泳げ、私のクジラ。
 
 私も今日を泳いでいくよ。 
 
 

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