最期まで、口から食事をするための終活セミナー開催ーー訪問歯科医が口腔ケアの重要性を語る

 多くの人が「最期まで楽しく食事がしたい」と思っている。そこで、葬儀社・ライフネット東京(東京・東五反田、小平知賀子代表)は7月2日、歯科医の粟屋剛さんを招き、「知っておきたい口腔ケアと食支援の知識」をテーマに、終活セミナーを開いた。

治療の様子などを紹介しながら口腔ケアの効果を説明

 粟屋さんは、あわや歯科医院(東京・世田谷)の院長。訪問診療を中心に据え、摂食嚥下障害などに対応、認知症や半身麻痺状態などうで、摂食・嚥下がうまくできない患者が口から食べられるような支援をしている。そのためには患者の全身の状態がどうなっているのか、栄養状態はどうか、摂食嚥下機能は十分か、食べやすい調理がされているかなど、さまざまな点を考えて進めなければならず、日々、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、歯科衛生士、ケアマネジャー、ケアワーカーら多職種と連携している。
 口には「食べる」「話す」「呼吸する」という、元気に生きるために必要な多くの働きがある。これら「口腔機能」が低下すると、十分な栄養も摂取できなくなり、食べる楽しみもなくなってくる。表情も乏しくなり、QOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)が下がってくる。
 さらに口の中をきれいに保たないと、細菌叢のバランスが崩れ、虫歯や歯周病、口臭、誤嚥性肺炎の原因にもなる。
 唾液中の細菌数は1mlあたり1〜10億個、歯垢中の細菌数は1gあたり1000億〜3兆個。口腔内の環境に適した細菌が多く生息し、細菌叢(フローラ)を形成。正常な口腔細菌叢は外来菌の増殖・定着を抑える働きをしているが、悪さをする菌が増殖すると体全体に悪影響を及ぼす。例えば歯周病菌などの口腔内細菌が全身に回ると、誤嚥性肺炎、心臓疾患、関節炎などさまざまな疾患の原因になるという。
 高齢になって、「口腔ケア」が不十分になると、それが万病のもとにもなることを、粟屋さんは強調する。
 口腔機能が低下すると、滑舌が悪くなり、むせたり食べこぼすことが多くなる。噛めない食品も増えてくる。それが悪化していくと、最後は摂食嚥下障害、咀嚼障害になる。
 粟屋さんは口腔ケアの必要性として、以下の項目を挙げる。

・虫歯や歯周病にならない(進行させない)ため
・入れ歯を気持ち良く使ってもらうため
・口の乾きを潤すため
・誤嚥性肺炎を予防するため
・糖尿病の治療の一環として
・良く噛んでおいしく食べられるように
・良い発音を保つため
・美しい顔貌、豊かな表情を保つため
・穏やかな呼吸のため

 ただ、自分で口腔のセルフケアを行うのは、認知症や麻痺のある人などにとっては難しく、介護スタッフや歯科医師等の支援が必要という。
 要介護者は介護職員、ホームヘルパー、家族等の「日常的口腔ケア」に加えて、看護師、言語聴覚士、歯科医師、歯科衛生士等による「専門的口腔ケア」を行う体制が理想的だ。
 ある介護施設では上記のような口腔ケアを始めてから以下のような変化があったという。

・環境の変化:口腔ケアを始めてから口臭が減り部屋のにおいがなくなった。
・意識、表情の変化:口腔ケアを行うと要介護者が覚醒し表情も豊かになってきた。
・全身状態の変化:口腔ケアを取り入れてから肺炎、発熱の発生、それによる入院が減った。
・食事の変化:飲み込みの状態が良くなり食事量が増えた。口を開けてくれるようになり食事がスムーズに行えるようになった(食事時間の短縮)。
・施設の変化:要介護者と介護者のスキンシップや会話が増え、施設内の雰囲気が明るくなった。

 十分なケアをしていてもさまざまな原因で摂食嚥下障害になるという。
 嚥下障害の原因疾患としては
・脳血管疾患
・神経変性疾患
・筋疾患や末梢神経障害
・廃用症候群
・嚥下関連器官の腫瘍や炎症
・変形性頸椎症など

 これらの原因に対応し、適切な治療、摂食・嚥下リハビリテーションを行う。
 摂食嚥下機能の低下は廃用症候群(本来機能したはずなのに、過度の安静を強いられたことで、実際に機能しなくなった状態)が原因で起こることも多く、その場合はリハビリによって本来の機能を取り戻す。

 死亡原因の上位に挙げられる誤嚥性肺炎への対処も歯科医の重要な役割という。
 誤嚥とは「飲食物や唾液などの分泌物が誤って気管〜肺内に入ってしまうこと。
 要介護高齢者では嚥下機能が低下していることが多く、誤嚥を起こしやすい。
 誤嚥には顕性(むせがあり、はっきりとわかる)誤嚥と不顕性(むせがなく気がつかない)誤嚥がある。
 要介護者に多いのは睡眠中の唾液等の不顕性誤嚥、食事中の唾液や飲食物の誤嚥、食事中、食事後の胃からの逆流物の誤嚥。
 口腔・咽頭細菌叢に病原性の菌が増加した状態で誤嚥を起こし、患者の抵抗力が減退していると、誤嚥性肺炎が起こる。誤嚥を起こさないような口腔管理、トレーニングと、口の中を清潔に保つことがその予防に効果的だ。

 粟屋さんは、2020年、新宿食支援研究会代表の五島朋幸氏の講演を聴いた後、すぐに同様の機能を持った「城南食支援研究会」を発足させた。参加しているのは、医師、歯科医師、薬剤師、看護師(保健師)、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、歯科衛生士、ケアマネジャー、介護福祉士等訪問介護員、嚥下調整食を製造販売しているメーカー、葬儀屋、患者、御家族など。粟屋さんが日頃、連携を取っている人たちと、さらに連携を深め、成果があがるよう研究・勉強会活動を行っている。

 粟屋さんが日々の活動で意識しているのが、死生学の第一人者であるコロンビア大学のAustin H. Kutscher教授の言葉だ。

最期まで行われるべきケアが口腔ケア

・終末期の患者にかかわるすべての職種全員が口という器官に着目して、尊厳ある終末期を過ごせるように行うことが重要である。
・口腔ケアとは、人が人として生きるために、最後まで行われるべきケアである。

 粟屋さんは「最期を過ごす患者に寄り添いたい。そのために多職種が連携し合い、全力を尽くすーーと結んだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?