5年間のスタートアップ生活の失敗と後悔を全部書いていく赤裸々note
失敗談を書くのってめっちゃしんどいんすよね。
基本的に前向きに生きているつもりですが、思い出すとつらいし、だいたいめっちゃ申し訳ない気持ちになります。かっこいいことだけを言っていたい気持ちになります。
僕みたいな25の若輩。まあうまくいってることのほうが少ないわけです。
でもまあたまにはいいかなぁと思って書いて行きたいと思います。包み隠さぬ失敗談です。
エモいですしポエムです。がんばります。
スタートアップ失敗談
スタートアップ、ベンチャーと言われる企業を渡り歩いて5年、6年と経ちました。起業サークルTNKに入ったのが大学1年生、なんだかんだあって大学2年の終わりくらいからスタートアップで働いたりし始めました。
その中でたくさんの失敗をしてきました。
これを失敗とよぶといろんな方から怒られそうだなぁ。てかこれ書いたらおこられるかなぁと思いながらも、心に力を入れて書いていきます。
どうか優しい気持ちで読んでください...。
いつもの「てことでやってくぞ!!」みたいなノリではあんまり書けないのでしっぽりトーンで書いていきます。
SOをもらったのは失敗だった
昔、ストックオプション(以下SO)をもらっていたことがありました。ゴリゴリの生まれたてのベンチャーです。
SOをもらったこと自体は別に後悔してないんですが、正確には、SOがお金になると思ってもらったのは失敗でした。
僕がそもそも起業を志したのは、高校生の頃に「金持ち父さん 貧乏父さん」を読んだのがきっかけです。人生の小目標として、経済的に開放される = ラットレースから抜け出す、というのは絶対通りたいと思っていました。
いまにしてみるとそりゃそうですが、SOが実際にお金になることはごくごく稀です。皆がメルカリになれるわけではない。
だいたいスタートアップでは「3年で上場を目指す」などと言われると思うんですが、すでに相当イケてる状態があって、監査がはいってて、そこから早くて2~3年なのかなと思います。
創業したての学生ベンチャーだと、SOは25年後ぐらいに換金できると考えると期待値的には合うのかなぁ、なんて思います。
SOを付与されたからといって、最低賃金みたいな薄給に目をつぶって働くというのは違ったかもしれないと思っています。まあそれはそれで楽しかったんですけどね。
起業界隈で燻る若者だった僕にとって、いま特に情熱を燃やすような起業プランがあるわけでもない状態で、起業ではない折衷案として、SOをもらってスタートアップで働くというのは魅力的にうつりました。期待値がどのくらいかなんて、当時はわからなかったですしね。
SOがお金になるのが稀である一方で、SOが消し飛ぶ瞬間は山のようにあります。辞めたときはもちろん、会社からお金がなくなって雇用関係が保てなくなってもなくなるし、MAでイグジットしてもなくなります。
そもそも若手ベンチャーのSOは口約束みたいなもんで、「報いたい気持ちはあるよ!」ぐらいの重みです。
むろん、生株をもらったとしても、同様に現金化されることは稀です。だいたいは創業者株主間契約を結んで、退職と同時に返却すると思うし。
しかしこちらは座組みや話し合い次第では、手放すタイミングで、時価総額や現金残に応じて買取をしてもらえる場合もあり(身近でありました)、まだ救いがあります。
みたいな話をすると、「ベンチャーやるなら0か100だろ!やめる時のことなんか考えてんじゃねー!覚悟決めろや!」みたいにいう人がいるとおもいます。
僕も割とそうおもうんですが、会社がうまくいかなくて仕方なく辞めなくてはならない瞬間や、どうしても辞めたいと強くおもう日は来ます。
僕も覚悟を決めていたつもりだったんですが、いざその日が来たら、今までの日々が経済的に全く報われないという事実はそれなりにこたえました。
そして5年もやっていると「どうしても辞めたいと思う」日は何回も来ますし、何回かは実際に辞めました。
自分のことを売り込むことに一生懸命にならなかったのは失敗だった
いまでこそ陽気にふるまっていますが、もともと僕は半端ねぇコミュ障だったので、人に会った時、的確に自己アピールをするのが苦手でした。(今もそれほどうまくありません)
当時、ともに働いていた社長は、意図的に自分をクレイジーに、魅力的な人物にみせるということを、ちゃんとやっていましたし、君もそうすべきだよ、ちゃんと自己アピールできるようになった方が良いよ、と助言してくれていました。
あるとき社長が、お金を入れてくれている投資家に引き合わせてくれて、軽くお茶をする機会がありました。
当時会社は僕と社長しかおらず、登記前から一緒にやっていて、名目上、僕はファウンダーでした。
シード期だったので、僕にも5%ぐらい株を持たせようか、みたいな話が、事前の話では社長と投資家の間で上がっていると聞いていました。
僕に株をもたせよう、という話は、投資家とのお茶会後になかったことになりました。
投資家さんが難色をしめして、やっぱSOにしよう、みたいな話でした。
お茶会に集まったメンバーの関係上、僕だけアウェーみたいな状態でめちゃくちゃ会話に入りづらかった、と言い訳したいんですが、確かに気の利いたことも言えなかったし、大人しくて覇気のない感じだったとおもいます。
勘違いしないでほしいんですが、この判断は完全に妥当で、いまにしてみるとまあそりゃそうだよなと思っています。投資家さんにも社長にも恨みとかは全然ないです。
でもまあ悲しかったですね。あー株剥がされちゃうのか、と思いました。
そして社長も、「やっぱり株はあげれない」と話しながら声が震えて、悲しそうにしていました。
これはやってまったなと思いました。今でも思っています。
これは未だにだいぶ引きずっていて、初見で「こいつおもれー!」みたいに紹介されてる人をみると、半端ねぇ嫉妬を抱きます。どうにかしてそうなれないものかとずっと考えていますが、まだなれていません。
なあそれどうやってやんねん!!それどうやってやんねん!!なあ!!!教えてくれや!!
働きすぎは常に良くない
ベンチャー神話の最もよくないやつが根を詰めて終電まで働けというやつです。いや寝ろ。
僕は過労で2回会社を辞めています。腸炎になり、治った次の週にまた腸炎になったりしました。どうみても過労ですが、当時は気づきませんでした。どうしても事業に情熱が持てなくて辞めた、とか、会社がクソだったから辞めた、と思ってました。
過労状態では何が起こるかと言うと、まず遅刻します。そして遅刻をどうするかという不毛な制度設計の話し合いと改善、みたいな仕事が発生します。
仕事に集中できず、コーヒーやレッドブルをがぶ飲みします。
気が立ってイライラします。
そしてなんだかやる気がでません。そして自分はこの事業にモチベーションがないのか、本当にこのままやっていっていいのか、みたいな悩みをかかえるようになります。新しい挑戦や変更に否定的になったりもします。
そして集中できません。エンジニアワークが当時メインの仕事だったので、集中できないということは生産性がほぼゼロということと同義です。
最も良くなかった瞬間は、もうこれは社名を出してしまいますが、Rettyで週5日フルタイムで働きながら、Candleで週3日フルタイム(週24時間)で働いていたときです。
平日フルタイムでRetty、土日はフルタイムでCandle。
平日2日はRettyが終わったあとに渋谷に移動してCandleで4時間、という働き方をしていました。
もちろん、Candleがない日もRettyは定時上がりかというと、そんなわけないので、残業して23時とかまでキャンペーン用の実装をしていたりしました。(当然ですが残業代分も給料は出ています。念の為)
これだけ働いた結果として、朝全く起きられなくなりました。
Candleはフレックスだったので迷惑はかかりませんでしたが、Rettyにめちゃくちゃ迷惑をかけました。メンターの櫻井さんをはじめとする、iOSチームからの信頼を明らかに失っており、めちゃくちゃな状態でした。
当時「時間が守れないと信頼を失うぞ」と言われたのですが、これはすでに信頼を失っている人が言われる言葉です。僕はすいませんということしかできませんでした。
一番タチが悪いのは、僕自身が、「これは過労である」という認識をもっていなく、意志力が弱くて起きられない、ぐらいに思っていたことです。
そのまま改善せず、2ヶ月ほどでRettyを辞めました。
Amazonのジェフ・ベゾスも週に100時間働けといってますが、それは1日15時間、つまり起きてる間は仕事をせよということです。残りの9時間は風呂に入ったり寝たりしているわけで、少なく見ても7時間は寝ています。
健全な魂は健全な肉体に宿る、です。
でもみんなで遅くまでのこって、生産性も悪いのにだらだら仕事するのってある種の楽しさがあるんですよね。文化祭みたいで。これを僕は、過労と言う名の娯楽とよんでいます。
みんな、ねてくれ。
終わりに
思い出せることを全部書こうと思ったんですが、ちょっと長くなってきたので、この辺でいったん終わりにします。失敗しすぎて1万字あっても足りんです。
日々迷いながら、自分のやりたいことってなんだっけ...とかたまに思いながら、今日もなんとかやっています。最近はわりと楽しいです。
もしかしたら続くかもです。
追記↓↓ 後編です。
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