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推しが飛んでないバンジーを6年経ってオタクが勝手に飛ぶ

 けやき坂46の走り出す瞬間は名盤だ。今年でもう発売から6年になるらしいこのアルバムは、タイトル、収録曲、アーティスト写真、発売に至るまでの経緯、どれを取っても文句なしの大傑作だ。アルバム=ベストアルバムになってしまいがちな坂道グループの楽曲リリース体系において、このアルバムは異質であると言っていい。新曲18曲収録て。当時オリジナル楽曲が少なかった彼女たちだからこそなし得た偉業だ。まあ別にメンバーが曲を書いているわけではないのだけれど、どちらにせよ凄いことだ。1曲目、ひらがなけやきの「きっとまだ誰も知らない」から始まるまだ自分に自信の持てない少女たちの物語が、最後のひらがなで恋したいで「がながなひらがながな」と堂々たるグループ名宣言で終わりを迎えるところなんて涙が出てしまう。歌詞は本当にアホみたいだが。人知れず努力を重ね蓄え続けてきたパワーの発現・開放。まさに彼女たちの走り出す瞬間がそこには描かれている。

 ところでどうしてそんな名盤を引っさげたツアーが未だに円盤化されていないのか。あれほどまでに輝いていた時間が円盤という形でこの世に残っていないことはいかんともしがたい由々しき事態である。なにゆえこのようなことが起こってしまったのか。責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。


 走り出す瞬間といえばもうひとつ印象的な出来事がある。ひらがな推しで行われたヒット祈願だ。これは当時活動していたメンバー全員がバンジージャンプに挑戦するというもので、高所の恐怖に怯えながらも、一丸となってその壁を乗り越えようと奮闘する彼女たちの姿は多くのオタクの心を打った。(ついでに見届けに来たおじさん芸人の心も打った)
 そんな感動的なヒット祈願、既に聖地巡礼として同じ場所に行った人も少なくないはずだ。かくいう私もいつかは飛びに行ってみたいと思い続けてはいたものの、なかなか動き出さない間に月日はどんどん流れていった。

 つい先日のことだ。そういやあのバンジーってどこにあったっけ、と何気なく調べてみる機会があった。というか行きたいのに場所の把握もしてなかったのかこのバカは。どうやら群馬県北部のみなかみ町というところにあるらしい。県中心部の前橋や高崎からは関越自動車道で新潟方面へ向かう山あいだ。ていうかあれ、群馬……?

 ほとんどの方は知る由もないだろうが、私は群馬という土地に超個人的な私怨があった。そしてまさに今年、その因縁を絶つべく群馬への一人旅を企てているところだったのだ。詳しいことは以下の記事に書いてあるので、よっぽど暇で時間を持て余している人は読んでみるといいかもしれない。

 ざっくり言うと旅の目的地は2020年5月8日のGメッセ群馬。この場所で影山優佳ちゃんの誕生日とアイドル活動再開をお祝いするのが当初の目的だった。さらにここで今更すぎる事実に気がつく。そいうや影ちゃん、あのバンジー飛んでねぇな。そうだった、彼女は走り出す瞬間の発売前に休業期間へ入っていたのであのヒット祈願には参加していない。すっかり忘れていた。

 ほーん、なるほど。じゃあ俺が飛ぶか。別に自分が飛ぶことで何かが変わるわけではないが、彼女がいるはずだった場所を巡るという意味ではGメッセと目的は同じだ。どうせ連休中、行く場所が1つや2つ増えたところで特段支障はない。孤独であるが故に自由。これが独り身最大の強みだ、泣いてなんかいない。

 そうと決まれば話は早い。まずはGメッセで亡霊を退治し、そこからサクッとバンジーを飛んで帰ってこよう。調べた感じだとGメッセのある高崎から電車で1時間くらいあれば行けそうだ。なんだ、案外余裕じゃないか。幸い天気にも恵まれそうだし、こいつは楽しい1日になりそうだ。GWの連休を目前に控え、私の心は期待に躍った。


 無理だった。

 さすがはGWと言うべきか、手始めに本来乗るはずだった電車が車の踏切内立ち往生だとかで30分以上遅れてしまった。まったくいい迷惑だ。あと普通に寝坊もした。予定では午前中にGメッセ、午後にバンジーという流れだったのだが、結果的にGメッセに到着したのは午後2時すぎ。ここから悪霊退散お祝いパーティーが始まることを考えるとバンジーは諦めざるを得なかった。

 ただ実際この日は飛ばなくて正解だった。Gメッセから帰路につく際、私の胃袋はつい数十分前に必死こいてどうにかこうにか完食したお誕生日おめでとうホールケーキに支配されており、とてもじゃないがバンジーなんて飛べる状態ではなかったのだ。もしジャンプ中にリバースなんてことになったら大惨事だ。そんなことはケーキ屋さんもみなかみの大自然も望んじゃいない。仕方がない、バンジーは諦めよう。まあその気になればいつでも行けることがわかったし、来年あたりにリベンジしようじゃないか。やはりどうも、この群馬という土地と私は何かしらの因果で結ばれているようだ。


 次の日行った 

謎の行動力

 思い立ったが吉日、その日以降は全部凶日的なことをトリコが言っていた記憶がある。あのトリコが言うんだから間違いない。一時期ではあるがジャンプ作品大看板主人公の悟空やルフィと肩を並べ飯を食っていた男だ。懐かしいなトリコ。フグ鯨、ジュエルミート、サンサングラミー、どれも本当に美味そうだった。自分にとっては青春の作品だ。はいそこ、猿のキ〇タマの話をしない。ん?結局裏のチャンネルって何だったのって? 知るかよ。

 話を戻す、バンジーだよバンジー。そういえばこの日は関東圏に住んでいる学生時代からの友人に車を出してもらっていた。この友人は坂道アイドルの知識も持ち合わせているナイスガイで、私が現実でオタクトークに花を咲かせることのできる数少ない相手である。(ついでに言うと欅坂の亡霊でもある)そんな頼れる亡霊ドライバーと共に都内からやや渋滞に巻き込まれながら車で約3時間、私たちは目的地である群馬県みなかみ町、諏訪峡大橋にたどり着いた。

諏訪峡大橋
橋からの景色

 うわ自然すげぇ……

 
思わず声が漏れる。とんでもない大自然だ。橋から遠く向こうには青々とした木々の生い茂る谷川連峰がグルっと広がり、目下には利根川の清流が作り出した美しい渓谷(諏訪峡)が、そのみずみずしさをこれでもかという程にこちらへアピールしながらキラキラと輝いている。空はどこまでも高く、青く澄み、心地よく吹き抜ける風は都会の喧騒で汚れきった心をみるみるうちに浄化してゆく。到着してまだ5分にも満たないがもう分かる。むっちゃくちゃいいとこだ。あまりの居心地のよさに友人は早くも「かぜきもちいい😀」しか語彙が無くなってしまった。一応大卒なのに。5分でこれだ。このままずっとここに住んでいたら心も体も澄みに澄み切りいずれ自然と一体化できるかもしれない。すでに私の心も大草原のような穏やかさに包まれつつある。薄れゆく雑念。ああ、ここで自然と戯れてるだけで月500万くらい貰えねえかなぁ。


 大自然でも拭いきれなかった煩悩とともにバンジーの受付へ向かう。

 ここでみなかみバンジーについて少し説明しよう。群馬県みなかみ町、諏訪峡大橋に拠点を構えるこのバンジーは高さ42メートル。日本一歴史の長いブリッジバンジージャンプとしても知られ、毎年約7000人が挑戦に訪れる町の観光スポットだ。日本に存在するバンジーの中では比較的初心者向けで、まずはこの場所でバンジーに初挑戦するという人も多い。当日の飛び入り参加も可能らしいが、人数によっては飛べないこともあるらしいので、事前にWebから予約しておくことをおすすめする。この日予約した10:00〜の枠には私たちの他にGWで遊びに来たであろう家族連れや東南アジア系の外国人観光客、20代くらいの女性が一人で参加していた。

バンジーの受付、右はスタッフさん

 まずは受付で料金を前払い。それから諸々の保険への加入や体重測定、そして同意書へのサインを求められる。体重測定は本来の体重に加えてハーネスの重量も含めた数値が算出され、この重さによってクラス分けが行われる。重さによって使用する機材も異なるらしい。ちなみに量った体重は紙に記載され、それを名札代わりに首からぶら下げることになる。さらに手の甲に油性ペンで数字を書き込まれたりもするので、周囲に体重を隠している人は覚悟が必要だ。そういえばハーネス分が加算されることを知らなかったらしい家族連れのJK(たぶん)が渡された結果の紙を見ながら「私こんなに重いわけないんだけど!?」とブチギレていた。いつの時代も女の子と体重には切っても切り離せない特別な関係があるらしい。
 
 続けて同意書にサインする。これがかの有名な官田愛萠さんのサインした同意書か……同じ場所に来たんだなという感慨がこみ上げてくる。私は特に別名義を書く必要もないのでサクッとサインする。何かあったらそれはまあその時だ。ひらがな縁の地で命が尽きるのならばそれも本望。オタクは天寿を全うしたと家族には伝えてもらい、棺桶には走り出す瞬間3Typeを入れてもらおう。

吊られるハーネスたち

 次はハーネスの装着だ。パンツを履くような感覚で足を入れ、全身にしっかり固定させる。男性限定の感覚として、股下も通してギュッと締め上げ固定するため、アレのポジションが非常に落ち着かない。しかしこればかりはどうしようもないので慣れるしかない。締められすぎて潰れてしまうなんてことはないのでそこは安心してほしい。
 
 しかしハーネスか。ハーネスと聞いて思い浮かぶのはやはりみんな大好きけやき坂時代のハーネス衣装だろう。我らがキャプテン佐々木の久美さんがパチギレた(抜けに映る柿崎芽実がとてもかわいい)でおなじみのTIFもこの衣装だった。そして連想されるのは永遠の白線。名曲だ。いつか紗理菜ちゃんがラジオで「青春」と形容したこの曲。今や白線はどんどん短くなり最後の全員でのポーズも増えていくばかり。それでも彼女たちの前には白い線がどこまでもどこまでも続いている。共に過ごした青い日々は永遠に消えることはない。(こないだ彩ちゃんの卒セレで全員verが披露されてたね)将来私が結婚式をする日が来たら披露宴では必ずこの曲を流したい。あとおい夏と、がな恋も。存在しない未来?うるせえ。

 さて、ハーネスの装着が終わり友人と2人で「これがほんとのハーネス衣装!w」などとやかましい会話を繰り広げながらキャッキャしているとおもむろに集合がかけられバンジーの飛び方講座が始まった。なんとなくバンジージャンプと聞くと飛んだ後は勝手に回収してくれるイメージがあるかもしれないが、飛ぶ側にもいろいろとやることがあるらしい。具体的に言うと、落下後、体は頭が下の状態で宙ぶらりんになる。このままでは回収器具を装着することができないため、体の上下を正位置に戻す必要があるのだ。そのためには落下してぶら〜んと左右にスイングされる中で足首辺りに付いている赤色のベルト(紐?)みたいなものを自力で引っこ抜かなければいけないらしい。さらにタイミングも重要で、大きなスイングの2回目で、一番高い位置に来たときに引き抜いてほしいとのこと。そして体が正位置になったら両手で丸を作ってOKサインを出し、降ろされた回収器具をこれまた自ら装着する。そうすることで晴れて地上への帰還が可能になるのだ。

 (……意外とやること多くね……?)

 話を聞いていた参加者たちに一抹の不安がよぎるのがわかった。しかしそんな私たちの心配をよそに現場ではバンジーの順番決めが始まる。どうやら体重の重いクラスから先に飛ぶことになっているらしい。この日のクラスは2つ。私の友人と家族連れの父親が重量クラス。それから私、同い年くらいの女性、JK、外国人観光客(女性)が軽量クラスだ。基本骨と皮のみで形成されている私の身体は男性陣で唯一軽量級に分類される形となった。お前は推しに飯食えとか言う前に自分がちゃんと飯を食え。心でそんな反省をしつつ順番決めのジャンケンをする。結果、トップバッター友人、私は4人目のジャンパーに決まった。4番目の光になれますように。祈りとともに向かうはいよいよジャンプ台だ。


ここから飛ぶんだって

 うわぁ、見たことあるとこだぁ。こぢんまりとした木造の簡易的な待機所で最後の確認作業が始まる。この場所で齊藤京子が親友の井口から熱い激励と説得を受けたのか。中はだいたい4、5人くらいが座れる広さで、私もひらがなちゃんたちが座ったのと同じ場所に座って待機する。「それでは1番の方〜!」友人が呼ばれた。「トップバッターだから、しっかり飛んで流れ作ってくるわ」そう言い残し彼は高さ42メートルに設置されたジャンプ台へと向かっていった。おいおいなんだよ。かっこいいよお前。さっきは亡霊なんて言ってすまなかった。今のお前は最高に生き生きしてるぜ、つまるところ、生き霊だな。

 どうやら準備が整ったようだ。スタッフに補助されながら友人がジャンプ台のギリギリに立ち、スッと大きく両手を広げた。飛ぶ。私も斜め後ろから彼の勇姿を収めるべくカメラを構えた。

スタッフ「いきますよー!」
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」

「バンジー!!!!」

友人「う゛ぇゃ゛ッ!!」

……
…………
………………

え?死んだ??

 どう聞いても事件性のあるとしか思えない断末魔とともに私の数少ない親友が深い谷底へと消えていった。

 あっれー。思てたんと違う、違いすぎる。なんかもっとこう「うわああああああああ!!」とか「Fooooooooo!!!!」とか、そんな感じの楽しそうな叫び声を予想していたのに実際は悲痛な「う゛ぇゃ゛ッ!!」である。どうしよう、正直言ってめちゃくちゃダサい。さっきまであんなにかっこよくトップバッターとしての矜持を語っていたのに。ヤバい、変なツボに入った。なんだよあの声、情けなさすぎるだろ。恐怖に怯えるひらがなちゃんたちだってもうちょっとまともな声出してたぞ。考えれば考えるほどおもしろい。笑いが止まらない。その時撮影した動画は私のカメラフォルダにしっかり残っており、今でも見返す度に新鮮な笑いを届けてくれる。思わぬ形で手に入れた見る(聴く)抗うつ剤。今回の旅で一番の土産はこの動画かもしれない。

 さて、笑いすぎてヒィヒィと苦しんでいる間に友人が帰還した。見るとその顔は非常に晴れやかだ。明らかにテンションが高揚している。どうやら殺されかけたわけではなかったらしい。よかったよかった。

 友人「たのしい!!めっちゃたのしい!!めっちゃたのしいわこれ!!!めっちゃたのしい!!!」

 
おおなるほど、めっちゃたのしい!以外の語彙が消失しているみたいだ。達成感に浸りまくっているので叫び声がそれはもう情けなかったことを伝えるのはもう少し後にしてあげよう。しかしこりゃよっぽど楽しかったんだな。俺もなんだかワクワクしてきたぞ。


 結果的にこのジャンプは後続する参加者たちに大いなる勇気を与えた。飛ぶ瞬間こそあんな姿ではあったものの、一切の躊躇もなく台から転落し、落下後にやるべき責務もきちんとこなして地上に帰還した彼の姿を見て「自分も続かねば!」と参加者の士気が上昇したのだ。そこでふと気づく。今日集まった参加者は全くの他人同士。お互い名前すら知らない関係だ。しかしこれはチーム戦なのだ。参加者全員でこの流れを受け継ぎ、全員で大きな思い出を作る。なるほど、そりゃ番組でもヒット祈願として選ばれるわけだ。同じ舞台に来ることで、改めてその挑戦の意味を理解することができた気がした。

 そこからのチームの連携は素晴らしかった。友人に続いた家族連れの父親は妻や子どもたちに応援されながら一発でジャンプを成功させ無事帰還。3番目の外国人観光客の女性もしっかりとその流れに続く形となり、とうとう自分に順番が回ってきた。よし、繋ぎの4番の責務、果たそうじゃないか。


 「はーい、じゃあ4番目の方どうぞー!」

 名前を呼ばれ、最終待機場所へ向かう。

 「ポケットの中何も入ってませんかー?あ、ネックレスは外してくださいねー!」

おっと、うっかりしていた。去年推しに影響されて購入したネックレスを外しスタッフさんに預ける。ポケットの中身は事前に車内に置いてきたので問題はないはずだ。

 「じゃあこのネックレスは友人さんに預けときますんで、無事に飛んで帰ってきて受け取ってください!」

 
すごい、なんだかいきなりアニメみたいな熱い状況が出来上がったぞ。流石はこの場を熟知しているスタッフ、客を乗せるのもお手の物だ。私もホイホイ乗せられてテンションが上がる。若干強制的に死亡フラグが建築されてしまった気がしなくもないが今はスルーだ。

 最後の待機ベンチは橋の外側(川側)で、足場は直接ジャンプ台と繋がっている。その時点で橋からは空中に乗り出す格好になっているので、目線を落とすと普通に42メートル下を流れる利根川が透けて見える。高所が苦手な人はこの時点でかなり怖いかもしれない。そして私はというと……

骨みたいな腕しやがって

 はしゃいでいた。
普段なかなか経験できない非日常的なシチュエーションにテンションが上っていたのだろう、アイコンの下は自分でも驚くほどの満面の笑みである。もうさっさと飛べよこのバカ。ちなみに衣装は「友よ 一番星だ」のユニフォームを選んだ。もちろん背番号は10番、世界のKAGEYAMAモデルだ。あの日飛べなかった分も、今ここで俺が君の名前を背負って飛んでやる。オタク特有のいらんお節介でテンションはさらに最高潮を迎える。ついにその時が来た。

「じゃあジャンプ台まで来て、つま先3センチくらい出してくださ〜い!」

 よっしゃ行ったるぞ、飛んだるぞ。せっかくならヒット祈願みたいに何か言葉を叫んでから飛んでやろう。スタッフさんに確認したら

「いいですよォ!思いの丈を好きなだけ叫んでくださァい!」

と熱く許可が出た。陽キャしかいないのかこの職場は。最高じゃないか。

 よし、準備は完了だ。ハーネスやらなんやらでとても歩きづらくなった両足で少しづつ歩を進め、いよいよ私のつま先3センチが台からはみ出し宙に浮いた。


(あっ、こっわぁ)

 瞬間、とんでもない恐怖が全身を包みこんだ。え?落ちるだろこれ。落ちる落ちる。落ちるよ。落ちるって。とにかくバランスが取りづらくてしょうがない。少し風が吹けばすぐ落下してしまいそうだ。ていうかもう結構風も吹いとる。このままだと情けない叫び声を上げることすらできずにGAMEOVERだ。いやだ。こんなところまで来てパニックになって落下するのはSASUKE1stステージの1番簡単なギミックで失敗する山田勝己くらいかっこ悪い。いやだ!山田勝己はいやだ!下を見ちゃダメだ!前を向くんだ前を!自然を味方につけろ!大丈夫だ俺にはSASUKE以外だってある!

……そうだ、落ち着け。自然は味方だ、この風だって、さっきあんなにも俺の心を癒やしてくれたじゃないか。ふと視線を下ろすと利根川で川下りを楽しむ集団が見えた。よく見ると今から飛ぼうとしている自分に向かって手を振ってくれている。川辺を散歩する観光客たちも同様だ。横からは友人と、今日初めて出会った仲間たちの「がんばれ!!」の声が聞こえてくる。ああ、なんてあたたかいんだ。うん、もう何も恐くない。影ちゃん、俺、独りぼっちじゃなかったよ……

 明鏡止水、心に静寂が訪れた。両手を広げ、覚悟を決める。飛ぶ前に叫ぶ言葉は、もうずっと前から決めていた。



「走り出す瞬間のアーティスト写真が、1番かわいい!!!!!!!!」

ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!

んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!

気持ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!




 ふぅ……

 楽しい。楽しすぎた。恐怖なんてどこにもない。この世の真理を叫んでからの落下直後、ぐんぐん上がるスピードの中で、これまでの人生で経験したことのない空気抵抗が鮮烈な爽快感となって頭から全身に突き抜ける。もう顔面がもげるんじゃないかと錯覚した次の瞬間、フッという浮遊感と共に、遮るものの何もない雄大な自然が目の前に広がった。ロープに揺られながら眺めた諏訪峡のあの景色は今でも鮮明にまぶたの裏側に焼き付いている。飛んだ。俺は飛んだんだ。じわじわと満ちてゆく達成感と充足感。この気持ちよさを十分に文面で表現できない自分のライティングスキルがなんとももどかしい。都内から車で移動し、手続きやら説明やらも含め長い長い時間をかけながら、ジャンプしてしまえばほんの数十秒。しかしそのほんの数十秒にも満たない時間の中に、この行楽の魅力が凝縮されていた。


 ここで余談をひとつ。みなかみバンジーではGoProの無料貸出が行われている。テレビやYouTubeのリアクションチェックに欠かせないあのカメラ、ひらがなちゃんたちはヘルメットに装着していたが、我々一般人は腕に装着してもらえる。録画された映像は小型のUSBメモリに保存され、ジャンプ後にプレゼントしてくれる。家に帰って確認してみると、落下の空気抵抗を顔面の一点に受けたそれはもうブッサイクなオタクの横顔がバッチリ収められていた。あれで顔面が崩れないんだからやっぱりアイドルはすごい。

 
余談も余談だが、ヒット祈願で個人的に好きだったのが落下の衝撃で「うぐぅっ」と赤ちゃんみたいになっちゃう柿崎芽実ちゃんと、それを見てまるで親みたいな優しい笑顔を見せた春日俊彰さん。ひらがな推しの中でも特に好きだったコンビだ。柿崎芽実。彼女が表舞台から去って今日で5年が経つ。日向坂46の歴史の中でも、特にプロフェッショナルなアイドルだった彼女。正直今でもしょっちゅうあのキラキラのウインクを思い出してしまうし、毎年この日はやるせない気持ちになってしまう。彼女が同期で同い年である影山優佳と切磋琢磨しながら日向坂を引っ張っていく。そんな未来を想像しなかったといえばそれは確実に嘘になる。だがもう5年だ。新たな道で、あの日久美さんと約束したように、責任を持って幸せな人生を送っていることを願うばかりだ。(最後の握手会行っとくべきだったなぁ……)


オタク、回収

 さて、ジャンプ後にやるべき作業も成功し、なんとか無事に地上へ帰還することができた。待機所ではスタッフさんと仲間たちが拍手で迎えてくれる。なんてあたたかい空間なんだろう。こんなにも大勢の人の優しさに触れたのは生まれて初めてかもしれない。みなかみバンジー、最高だ。
 結局参加した6人は、1人も失敗することなくスムーズにジャンプを成功させた。全員のジャンプ終了後、JKと20代女性が仲良く談笑しながら受付まで歩いて戻る姿が見えた。その日たまたま出会っただけの私たち、しかしそこには確かな絆が生まれていた。

 体験の共有は、どのような環境においてもその集団の絆をいっそう強くする。アイドルグループだけではない。職場でも、部活でも、家族、友人間だってそうだ。それが辛い体験であれ楽しい体験であれ、同じ時に同じ感情を共有することで、人間同士の心は強く強く結びつく。そしてそんな体験の共有が増えていけば増えてゆくほどに、”その場にいられなかったこと”に対する感情も、深く、重く、心に溜まってゆく。約2年に及んだ休業期間、もしかしたら彼女はずっと、そうだったのかもしれないな。吹き抜ける透明な風を浴びながら、ふいにそんなことに思いを馳せた。


勇気の証

 バンジー終了後、参加者には先述した映像のUSBメモリとジャンプを成功させた証明書が授与された。ああ楽しかった。ただただひたすらに楽しかった。ハーネスを外す途中でズボンのポケットにスマホが入ったまんまだったことに気づいた時はジャンプ台に立った時の数倍冷や汗が噴出したけれど、今となっては楽しい思い出しか残っていない。

 もともとは”飛んでない推しの分も自分が……!”みたいなつもりで来ていたが、バンジーが単純に楽しすぎてその辺の感情はジャンプと一緒にどっかに飛んで行ってしまった。まあそもそも他人の感情なんてそう簡単に背負えるものではないのだ。たとえ近しい間柄の人間であっても、その感情すべてを理解して一緒に背負ってあげることは非常に困難。ましてほとんど画面の向こうの姿しか知らない相手ともなれば尚更も尚更だ。オタクはすぐにこれを忘れてすべてを理解ったような気になってしまう。俺もついさっきなってたな。やれおこがましや。身の程を知るいい機会になった。あいつの痛みはあいつのもの。こいつの痛みもこいつのもの。胸に刻み込んで生きていこう。ごめんね影ちゃん。バンジー、楽しかったよ。きっかけを与えてくれてありがとう。


 やっと最後までたどり着いた。ここまで読んでくれている人がいったいどれだけいるんだろうか。ただオタクがバンジーに行ったことを書きたかっただけなのに1万字を超える文量になってしまったし、飛んでからはもう3か月以上も経ってしまった。そう考えると頻繁にブログを更新してくれるアイドルちゃんたちのなんとすごいことか。やはり私たちは、彼女たちにもっともっと感謝をして生きていかねばならない。

 最後に改めて、みなかみバンジー及び群馬県みなかみ町。本当に素晴らしいところだった。少し遠い場所かもしれないが、ちょっとでもバンジーに興味のある人はぜひ訪れて貰いたい。1人だとしても気にする必要はない。そこには間違いなくあたたかい空間が広がっている。そして最高の爽快感と達成感があなたを待っているはずだ。もしかするとその日があなたの、走り出す瞬間になるかもしれない。

2024年8月11日 千円の白菜

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