「学習した感」が求められている!?
=========
令和6年5月6日 くま日誌 482号
本ブログは、熊倉 大輔のブログです。
ひとり起業家へ毎日の気づきを発信しています。
=========
■
先日こんなことがありました。
ある学習コンテンツを作成して
リリースしたのですが、
評価、評判がいま一つ。
「分かりづらい」
というコメントも頂きました。
■
少し考えたんですが、思い切って
分かりづらそうなコンテンツ部分を
丸ごと削除してみました。
本来だったら、
分かりやすくするために
表現ややり方を変えると思うんですが、
工数もかかるため、
とりあえず丸っと削除。
■
するとどうでしょう。
コンテンツの評価が上がったんです。
ただ、難しいと思われる個所を
削除しただけです。
冷静に考えるとむしろ、
価値提供の量としては
ただ減っただけのように見えます。
■
にもかかわらず、
評価が上がったというのは
私としても学ぶところがありました。
私のコンテンツに
難しい箇所は求めていない
ということがハッキリしたようにも
思いますね。
■
自戒も込めてですが、
多くの人にとって
ひょっとして「学習した感」
が求められるということも
あるんだと思ったんですよね。
だから自分のサービスレベルの質を下げろ
という意味ではないですよ。
■
日本では英語学習者は800万人以上いるらしいですが、
実際に英語を話せる人は1割にも満たないと言われています。
運動に関しても、
チョコザップが流行っているのも
ガチで運動はしたくない人が
マジョリティだからってことですよね。
その他の学習に関しても
同じようなものかもしれませんね。
■
多くの人にとって重要なのは
「学習した感」なのかもしれない。
私も心当たりあるんですよね。。
実際にアウトプットを出さなければ
ほとんどのケースで「学習した感」で
終わっちゃうんじゃないですかね。
■
GW期間中も、色々な本を読んだんですが、
ある金融の仕組についての本を読みました。
理解が追い付かず、
なんとなく全体をつまみながら
読了したんですが、
読了から数日たった現時点で
内容全く覚えてないですからね。
■
自分が学習する側であれば、
アウトプットをする癖をつけないと
学習しても意味が薄いんですよね。
また、自分がコンテンツをリリースしたり
研修プログラムを提供する立場にある場合。
これは、学習した感に終わらせないことが
大きな差別化になるでしょう。
■
世の中のマジョリティが
「学習した感」を求めているのであれば、
ガチで学習しただけで差別化できるんじゃないでしょうか。
というわけで
GW明けも
粛々と積んでいきます。
いや皆様一緒に毎日、未来へ向かって
積んでまいりましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?