見出し画像

防水バイノーラルマイクを作って炭酸水の音を録ってみた話

Ⅰ. 概要 

 防水のバイノーラルマイクを自作して炭酸水の音を録ってみたので、その製作記録です。
 ファンタム電源で動作する防水マイクを製作し、それをシリコン製の耳型と組み合わせて作りました。まずここでは概要を記載し、その後実際の録音と詳細な作り方を説明します。

 マイクカプセルはECMとして音質に評判のあるPanasonic WM-61Aを使いました。このマイクカプセルはすでに製造中止となっていますが、今回は余りがまだ残っていたので使用しました。
 防水化する手法についてですが、マイクカプセルの空気穴をポリプロピレンのフィルム(よくある透明のビニール)で塞ぐことで、水は通さずに振動だけが伝わるようにしています。

画像3

 最初はエポキシ系接着剤でまるごと封止する方法を試してみましたが、接着剤が振動を吸収して音が拾わないため、一部PPフィルムを使って塞ぐ方法にしました。

 そして、このマイクをAmazonなどで売ってるようなシリコン製の耳型と組み合わせて防水のバイノーラルマイクを作りました。

画像4

Ⅱ. 炭酸水に沈めて録音

 実際に炭酸水の音を録音するとこのような感じになりました。オーディオI/FはAntelope Orion StudioでHAはI/F内蔵のものです。マイクカプセルを防水化すると-10~-20dBぐらいのパッド入れたように減衰するので、ASMRのような小さい音を拾う用途として使うには工夫が必要かなと思いました。なお、音声はiZotope RX8でがっつりノイズリダクションかけてます。

ちなみにこれは炭酸1時間分の音です。

Ⅲ. 詳細

 詳細な作り方を以下に示します。

 防水バイノーラルマイクを作るのに使ったものは次の通りです。秋月電子や千石電商、soundhouse、amazonなどで購入することが出来ます。

回路部分に必要なもの(1ch分)
・ECMマイクカプセル:WM-61A x1(現在は互換品のみ入手可)
・トランジスタ:2SA1015-GR x2(hFEはできるだけ一致が好ましい)
・金属皮膜抵抗:4.7kΩ x2
                             62kΩ x2
                             100kΩ x1
・フィルムコンデンサ: 0.1uF/63V x2
・電解コンデンサ:10uF/50V x1
・薄型ユニバーサル基板 x1
・マイクケーブル:L-4E5C x3m
・ビニル電線(AWG24程度):適量
・XLRコネクター(オス)x1
・熱収縮チューブ:適量
(・今回は実装していないが保護回路用としてツェナーダイオード 12V x1)
・はんだごて、はんだ、ニッパー、カッターなど
バイノーラルマイクの外形部分に必要なもの(2ch分)
・シリコン耳型x2
・15mmロッド:10~15cm程度
・ネジ:1/4インチ x2
・透明もしくは不透明プラバン:適量
・内径7mmプラスチックパイプ:適量
・7mmドリル、アクリルカッター、シリコン接着可能な接着剤など

 まずマイクの回路部分について説明します。
 マイクの回路は、Linkwitz Capsule Mod(https://diy-fever.com/misc/wm-61a-microphone/)を参考に作りました。下の図が全体としての回路となっていますが、赤枠部分がマイクカプセルで、中にはコンデンサと等価なダイヤフラムと内蔵トランジスタ(2SK123)が入っています。青枠はオーディオI/F内の回路です。
 回路としては安価なコンデンサマイクに使われているようなものですが、今回はXLRコネクタ内に収めるため、音質の追求よりもサイズを重視してこの回路を採用しました。
 簡単な動作原理としては、WM-61A内のトランジスタとその両端の抵抗で差動信号を作ります。その後、トランジスタ(2SA1015)によるエミッタフォロワで出力インピーダンスを下げてオーディオI/Fに出力します。マイクカプセルへの電源は、カプセルに流れる電流に対して62kΩでドロップさせて48Vを10V程度まで落としています。

画像1

 このLinkwitz Capsule Modではマイクカプセルの改造が必要です。ここでは詳細は割愛しますが、改造前はS(ソース)とG(グラウンド)がつながっているので、それをカッターでカットしてから使います。

画像5

 下の図は上の回路図を書き換えたもので、オレンジの枠部分が実際に作成する回路になります。灰色でZDと書かれている部分はオプションの保護回路で、今回は実装していません。例えばWM-61AのS(ソース)が断線するとD-G間に48V近くかかってカプセルが壊れてしまうので、それを防ぐために12Vのツェナーダイオード(ZD)を挿入するとよいでしょう。

画像5

 この回路を組むと下の写真のようになります。今回使ったXLRコネクタでは、ぎちぎちに詰め込んでなんとかコネクタ内に収まりました。マイクカプセルにかかる電圧は実測で11.6Vとなっており、目的の10Vをオーバーする電圧でした。一応2SK123の最大定格は20Vなので壊れることは無いと思いますが、次作るときは62kΩを100kΩぐらいに変えたほうが良さそうです。

画像6

画像7

画像8

画像9


 続いてマイクの配線と防水加工です。加工内容としてはマイクにPPフィルムを貼り付けた後、マイクとマイクケーブルをはんだ付けしてエポキシ系接着剤で固めています。水が入り込んではいけない場所に対してエポキシ系接着剤で固めており、マイクケーブルまでは水につけても大丈夫なようにしています。

画像17

 マイクカプセルの表側には不織布が貼り付けてあるので、それを剥がして空気穴を覆うようにPPフィルム(ここでは電子部品を買った時の袋を使用)を貼り付けます。エポキシ系接着剤ではポリプロピレンは接着できませんが、周囲に盛って固定するような形にしています。

画像10

 下の写真はマイクケーブルとマイクカプセルをはんだ付けし、PPフィルムを貼り付けた状態です。マイクケーブルの銅線が太いため、別途細めの電線を中継に使っています。

画像12

画像17

黄色い配線がむき出しでは見た目が悪いので、熱収縮チューブで覆いました。こちらはエポキシで塞いでいないので、防水効果はありません。

画像13


 最後にシリコンの耳型を使ってバイノーラルマイクにします。
 耳型に対して7mmのドリルで穴を開け、穴を開けたプラバンに貼り付けます。

画像14

 さらに7mmのパイプを内側に接着し、このパイプにマイクを差し込むことで固定できるようにします。

画像15

 プラバン上部に穴が空いていますが、これはロッドとネジを使って左右の耳を固定させるものです。バイノーラルマイクにするには左右の間隔を人間の頭の幅である約15cmにする必要があります。今回は、手に入るロッドの都合上13.5cmの幅となりました。
 そして、組み立てて完成させたのが下の写真です。

画像16

Ⅳ. 今後の課題

 今回は防水加工する上でPPフィルムを貼り付けましたが、それにより

1. 録音音量が下がってノイズが目立つ(S/N悪化)
2. 水圧等によりフィルムがたるみ、左右で音質差が生じる(低信頼性)
3. フィルムによる音質の悪化(周波数特性、歪率等の悪化)

が見られました。適当なフィルムで作ったので、試行錯誤して最適なフィルムを探す必要があります。
 さらに、フィルムはエポキシで固めているため、フィルムを交換するには接着剤を剥がして再度接着する必要がありました。この点についても改善の余地があります。

 また、今回使ったマイクカプセルはECM(エレクトレットコンデンサマイク)の中では高音質なものですが、通常のコンデンサマイクのマイクカプセルと比べると音質的には悪いものになっています。
 スモールダイアフラムのカプセルを使って試作するのも一つの手です。しかし、ECMの直径が7mmに対し、スモールダイアフラムのカプセルは直径20mmほどはあるので、サイズ的に今回の手法をそのまま流用すると問題が生じると思われます。
 ちなみにバイノーラルマイクとして有名なNeumannのKU100はKK83というカプセルを使用しています。このカプセルはスモールダイアフラムに分類されるもので、KM183などに使われています。

あと、ちゃんとしたバイノーラルマイクでは、左右の耳の間に物が詰まっており、頭の中を通る音は吸収されるようになっています。今回はロッドで簡単につないだだけなので、きちんとしたバイノーラル録音を行うにはここも改善する必要があります。


ということで、他にいいアイデアが思いついたり、面白い音でも録れたらまた記事にしようかなと思っています。

-------------------------------------------------------------------------------------

追記:当初はポリプロピレンのフィルムを使っていましたが、サランラップ(ポリ塩化ビニリデン:PVDC)を使ったほうが音質、入手性ともに優れていました。ポリプロピレンフィルムと同様の処理で実装できるのでラップを使って防水する手法を推奨します。