父と子
どうやら領内で息子の吉法師の評判が芳しくない。珍妙な身なりで下賤のものを連れて遊び歩いているという。はて、と信秀は考えた。奇妙な袋を色々とぶら下げてはいるが好意的に見ると鉄砲を使うのになかなかに便利そうではないか。茶筅まげに浴衣もまあ、思春期のファッションということで原宿あたりによくいるではないか(ぇ)。どうも、戦で不在が多く親子の対話が足りないのではないか。少し息子の考えを探ってみることにした。
「おい、吉法師よ。最近、何やら評判が芳しくないが毎日のように出かけて何をしている?」
信長はやや面倒くさそうに答えた。
「別にただ近くの川や山が面白くて友達とでかけてるだけですよ。」
「ほう、どのようなところが面白いのだ?」
「そうだなあ、近くはだいたい行き尽くしたけど川も季節によって渡れるところと渡りにくいところとあるし、山も様子が違って景色も遠くと近くで全然違うので面白いですね。あとはどこまで行けるか国境まで駆けていったり。」
ふむ、どうやらこの息子殿は見ている景色が皆と違うようだ。これは自分の理解をも超えている。英雄は英雄にしか分からないという。この難しい家中をまとめて尾張を手にするのは吉法師を置いてはおるまい。秀才と評判の勘十郎ではないだろうと思った。
「近ごろは下賤のものと練り歩いているというがどうした了見かや。」
「だって、ここに住んでる人はほとんど下賤の者でしょ?屋敷で引きこもってたって外は何も見えませんよ。」
なるほど、そうだなと思った。これは父が至らなかったと申し訳ない気持ちになるとともにやや頼もしく感じた。
「よし、分かった。那古野をやる。好きにせい。」
我が家はもう心配いらない。信長が帰ったあとは上機嫌で酒を飲んだ。
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