見出し画像

典型

 会話をしている際、その相手の発言の中に重みのない言葉を見つけ、誰かの受け売りや引用だと分かる瞬間がある。普段そんな話題を持ち出さない人間が政治や経済に関する意見を熱弁している時がその典型だ。自分自身では考えていないような借り物の言葉で語られた意見は、まるで湯船に入れた直後の固形の入浴剤のように不自然にそこだけ色が異なる。引用元を明かして人工温泉だと公言すればなんら問題はないが、天然温泉かのように装っても周囲には案外筒抜けだ。僕は教師の講釈と全く同じ解説を見つけて同じ新聞を取っていると気づいたことがあるし、友人が使った独特な言い回しから事前に同じニュースを見ていたと気づいたこともある。そんな風にソースが分かる場合に限らずとも「なんだか臭うな」という感覚はよく覚える。それが本当に本人の言葉であったとしても、前日の夜から考えておいて満を持して発言したのだと想像できる場合なんかもある。そういう時は適当に相槌を打っていればいいのだけど、稀にこちらが以前語ったことをその相手からそのまま語られ返されたりすると、どう反応すれば良いのか未だによく分からない。黙って聞いていれば首と肩の境界を出血するまで掻き続けてしまう気がする。「それ、俺が前に言ったよね?」と指摘して笑い話にするのは一つの手だが、相手のそれ以降の発言意欲を致命的に削いでしまいそうで忍びない。

 親戚のおばちゃんに久しぶりに会うと「男前になったね」と言われる現象は広く知られている。これはほとんど「良い天気ですね」と同じ意味で、ただの挨拶である。僕も初対面の相手やそれほど親しくない知り合いと会話する際、心にもないことを適当に口走ってしまったりする。「休みの日は何してるんですか」みたいな質問をした後には「すいません、典型的なこと訊いちゃって」と俯瞰へと逃げるのが常である。
 時折、先を行き過ぎて他人を困惑させてしまう。タクシー運転手に「前の車を追ってくれって言われたことありますか」と尋ねてみたり、美容院でシャンプーをしてもらっている時に痒いところがないか訊かれて「それで痒いところを実際に言った人っているんですか」と返してみたりと、無駄に意表を突きたくなるのである。多分、その前の遣り取りや雰囲気で相手が業務的・機械的な受け答えや態度だと、自分がぞんざいに扱われてしまう可能性があるので、イレギュラーな発言で遠回しに注意喚起したくなるのだろう。

 こんな風に考えながら生きてきた結果、僕は口数と友達が少ない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?