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流れ

 僕は小学六年生の時に保険委員会の委員長を務めていた。そんな役職を務める気は全くなかったのだけど、その場の流れで強制的に任命された。その期の最初の保健委員会の集まりで立候補者がおらず、最上級生で話し合って決めるようにと、担当の先生が業を煮やして六年生を廊下に締め出した。十人ほどの六年生が廊下に座り込んで時間だけが無為に過ぎていった。先生が一度様子を見に来た後で、一人の女の子がなんの脈略もなく「◯◯君でいいんじゃない?」と僕を名指した。彼女は場を仕切るクラスの中心タイプでは決してなく、どちらかと言えば物静かで目立たない子だった。「◯◯君でいいと思う人」と彼女が手を挙げると、その場の全員が手を挙げた。「いやいや、ちょっと待ってよ」と冗談として受け身を取ろうとしたところ、全員が立ち上がって教室に入っていった。その後、保健委員全員の前で委員長としての一言を先生に求められた。全てがコントのように思えて「マジで?」みたいなことを言いながら周囲に目配せして助けを求めても、ただただ失笑されるだけだった。「まあ、これから自覚が芽生えるでしょう」と先生は締め括った。

 後日、全校生徒の前で各委員会の委員長が体育館のステージに立ち、その期の目標やら方針やらを発表する集会があった。僕は自覚がなかったあまりにその集会の当日にそれを知ったのだけど、台詞を頭の中で事前に整理しておいてなんとか乗り切った。数日後、各委員会の目標が全て掲示されている掲示板を通りすがりに見て驚いた。僕は全く出鱈目な目標を全校生徒の前で発表していたのだ。「確かこんな感じだったな」くらいの感覚で、でっち上げた目標を自信満々に披露していたのである。そして、担当の先生を含め、誰にも間違いを指摘されなかったのだ。

 僕は自分に保健委員長を押し付けたその女の子のことを未だに思い出す。もしも彼女が典型的な苛めの加害者のように、ほとんど無自覚のまま人を傷付けてすぐに忘れるようなタイプだったら多分話は違っていた。察するに彼女はこの一件をまだ記憶しているはずだ。省みることはなくとも、この手の出来事は心の奥底に冷凍保存しているに違いない。顔立ちは整っているが表情に乏しく、どこか冷たい印象を受ける子だった。あの一瞬での場の掌握は宗教的と言っても過言ではない。僕は決して何事も断れないようなお人好しではなかったが、あの場では台風の日に川の流れに抗って泳ぐくらい無力だった。誰でもよかったのか、それとも僕が狙われたのか。今でもちょっとした謎だ。

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