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ツタヤ

 大阪で食い倒れたことがある。大学時代の友達に大阪在住の男がいたので、彼を道連れに昼から夜にかけてひたすら飲んで食いまくった。覚えているだけで四軒くらいの居酒屋、イタリアン、焼肉屋、お好み焼きの店を梯子した。その合間にもカフェやファストフードの店へ行ったり、露天のたこ焼きをつまんだりと枚挙に暇がなかった。散々食べ歩いた後だったにも関わらず、最後のお好み焼きの店は何を頼んでも美味しかったので驚いた。その後は銭湯で汗を流した。戦前くらいから営業していそうなレトロな銭湯で、番台のお婆ちゃんは戦争が終わったことをまだ知らなさそうだった。その後、DVDでも借りてこようかという話になり、風呂上がりの体を突然の小雨に濡らせながら、すぐそこにあったツタヤまで歩いた。二人で適当に見繕っていると『ショート・ターム』という映画が目に留まった。どこぞの映画評価サイトで驚異的な高評価を獲得しているらしく、店員が一押しするポップがついていた。僕と友達はいつも映画の話ばかりしているのだけどその作品は二人とも全く知らなかった。そのサイトのこともその店員のことも知らなかったが、他に目ぼしいものもなかったのでそれを選んだ。友達のアパートに戻り、僕はその映画を見ている途中で寝落ちし、夜中に目覚めてトイレで吐いた。部屋に戻ると友達が床で寝ており、彼のベッドを占領していたことに気付いた。翌朝、そのことを謝罪すると「そりゃあんだけ食って飲めばそうなるよ」と呆れられた。それから「映画、良かったよ」と彼が言うので記憶が途絶えている辺りから見直した。今までなぜこの映画を知らずにいられたのだろうと思った。

 同じ夏、初めてお笑いのライブを見に行った。誰でもカジュアルにお笑い好きを公言するが、大抵はテレビのバラエティ番組を見るだけか、あとはYouTubeでネタを見るくらいのものだろう。僕もそうだった。しかし、あの映画を見た後、好きなものを好きでいることをサボってはならないと危機感を覚えた。気になって調べたのだけど、『ショート・ターム』は信じられないくらいの数のマイナーな映画賞にノミネートされ、そのいくつかを受賞していた。僕が知らなかっただけで評価する人はちゃんといるのである。という訳で、下北沢の劇場までAマッソの単独ライブを見に行った。同じ空間にいる全ての人達が同志のように思えた。僕は一人だったのだけど、隣の席に同じく一人で来ていた女の子をナンパしようかと血迷ったくらいだった。

 食い倒れた二年後に友達の家をもう一度訪ねた時、ツタヤは潰れていた。僕達は同じお好み焼き屋で夕食を取り、あの銭湯に入ってからアパートに戻った。アマゾンプライムで何か見ようかと思ったのだけど、そういう雰囲気でもなかった。僕はちゃんと床で寝た。

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