くそくらえの瞳矇

 私の彼氏は元カノの仁美ちゃんに未練があって、トップシークレットマンの『ひとみちゃん』というラブソングを、よく聴いている。確かに仁美ちゃんは私より美人で、すらっとしていて、女神みたいな人だけど、なんだか私は彼女が大嫌いな気がする。

 だから私はトップシークレットマンの『ひとみちゃん』も、ついでに嫌いだ。
腹が立つからトップシークレットマンには早々に、私のための『サエちゃん』という曲を作ってほしい。それは『ひとみちゃん』より情熱的で、純粋で、ロックな愛の歌でないといけない。それで『ひとみちゃん』よりヒットしなくてはならない。じゃないと、私の仁美ちゃんに対する劣等感が、拭えきれない。




 「ねえ、仁美ちゃんのどこが好きなの?」

 夏祭りの喧騒に紛れて、小声でそう聞いてみる。その声は彼の耳に届いていたらしい。彼は私の手を離した。

「全部」

 ここで、持っていたラムネ瓶を彼の顔に一発お見舞いしてやろうと思ったが、ぐっとこらえる。ついでに涙もぐっとこらえた。

 仕方がないのでそのまま彼と別れて、手持ち無沙汰で空っぽのラムネ瓶を弄ぶ。ビー玉が情けないビートを刻んでいる。息を吹き込むと汚いファの音がする。今の私には低俗な音しか味方しないみたいだ。

 帰り道コンビニに寄った。ラムネなんてものを飲んでいる場合ではないので、鬼ころしを買ってストローを刺す。お酒に弱い私はすぐに酔いが回って、自然と『ひとみちゃん』を口ずさんでいた。全く、歌えば歌うほどしょうもない歌だ。でも歌う。荒んだ私の心にぴったりな、なんとも質の低い音楽。こういう時に私を救ってくれるのは、結局くだらない曲なのかもしれない。


 
 ああ、帰ったら歌が作れそうだ。私の喉とギターがめちゃくちゃになるような、今までで一番最高の歌が。
 まあ、いつもこうやって感情をぶつけられる私のギターが、少し気の毒だけど。


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