感性を育てるのは若い方が良い、できなかったからこそ自信を持って言える

ちょっとだけ暗い話になりますが、ご了承ください。

私の両親は夫婦仲が悪く、小学校の時に父親が出て行ってからは母と同居し、高校の教員だった母の収入によって育てられてきました。

母は父親の能力の高い人でしたが、母親の能力は低い人でした(今思えば)。

それで母は、私にも弟二人にも厳しかったわけですけれども、ある意味では平等であり、平等に厳しかったと言えるかもしれません。

しかし男女の違いによって、全く平等というわけでもなく、少々の違いはありました(後述します)。

そして私は母の実家で母の母である祖母と暮らしていたのですが、祖母もまた母に負けず劣らず厳しかったのでした。

というわけで、やっと本題に入ります。

そんな厳しい母と祖母によって、学校の教育をそのまま家庭に持ち込まれた状態でしたが、弟二人と私とで男女差による教育の違いがありまして、それが「服装」に関するものでした。

そういう服装に関する校則は女子の方が細かいんですよね。

例えばスカートや制服のリボン、ソックスの長さとか、髪の毛をまとめるゴムの色とか、まー色々。

私の学生の頃の話なので、時代が時代な上にド田舎です。

高校の時ですら、髪の毛をまとめるのは黒か紺色のゴムとされていました。

(当初は黒のリボンまでOKだったのですが、後に禁止になりました。笑)

で、ある日ある時、そこそこ近所に住む同じ高校に通う少し年上の先輩の○○さんが、校則違反のリボンを巻いて髪の毛を束ねていました。

そしてそれを見かけた母は言いました。

「○○さんは校則違反をしている。あんな娘にお前はなってはいけないよ」

というわけで、そんな感じで祖母と母親に厳しく言われて育った私は「オシャレとは本来やってはいけないもので、やっている人は欲望に負けてやってしまっているのだ」と考えるようになりました。

もちろん、この考えを表に出すと友人から引かれる、ということはわかっていましたので、口に出して言うことはありませんでしたが。

その後、高校を卒業し、とある都会の大学に進学しました。

……が、そこで、ひきこもりになり、学校に行けなくなりました。

理由やその他の詳細は割愛しますが、一言で言えば「自分の価値観がおかしい」ことに気付き始めたということになりますか。

その時に法事があって、実家に帰省した時に母は言いました。

「この前、教育実習で○○さんが来てねー、オシャレしてきれいになってたわ。それに引き換え、何であんたはそんなに小汚いん? 若い娘なんやからもうちょっと何とかならんの?」

ええ、それはもう、私はキレまくりましたよ。

何かを叫びつつ号泣しながら、椅子か何かを壁に打ち付けていたのはうっすら覚えていますが、具体的に何を言っていたのかは記憶にありません。

ただ、恐らくは、以下のような内容だったと思います。

「○○さんのようには、お前がなるなと言った!」

「○○さんのようにならず、私はオシャレをしていない。むしろ褒められるべきじゃないのか!」

「今さらオシャレしろきれいになれと言われても、もう遅い!」

「オシャレなんでできない! どうして良いのかわからない! 何も、何も何も。何一つ、わからない!」

確かに私は小汚かったです。

いや、小汚いじゃすまんね、汚かったです。

化粧はしない、ジャージかなんかの安くて着古した部屋着で頭はボサボサ、それはそれは汚かったでしょう(でも、風呂には入っていましたよ)。

そしてオシャレがわからないのは本当です。

ひきこもりを起こした大学時代当時の友人同士で買い物に行って、その帰りに服好きの友人のお部屋にお邪魔したことがありました(飲んで食べて喋って、そのこと自体は楽しかったです)。

そこでその友人に「どっちが高い?」と言われて服を二着並べて、皆で当てっこをしていましたが、私は百発百はずれというある意味すごい記録を打ち立ててしまいました。笑。

(逆に百発百中レベルで当てられる娘がいたのですが、これは本当にすごいことだと思います)

今、私は「嗜好品とか高級品をテーマとする電子書籍」を書いていまして、そういうことを語ることについては自信があります。

……理屈だけは。

今となっては、ある意味英才教育だったのかもしれません。

「感性が育たなかったこそ、全然わからない。わからないから、とことん調べてこーなった」という。

しかし育たなかった感性を、今さら育てようとしても多分、不可能に近いぐらい難しいでしょう。

逆に言えば、理屈は後で時間をかけて勉強すればどうにかなります。

しかし感性はどうにもならない……に近いぐらい、育てるのが難しいのではないかと思います。

さて、長くなりましたが、どうしても書いておきたいことがあります。

それは「校則そのものは必要である」ということです。

何故、女子の方が服装についての校則が、男子よりも多いのか?

それは「このような校則が、性犯罪から子供達を守るために存在する」からです。

女子は女性である以上、性暴力の被害に遭う確率は男子よりも高くなります。

良からぬことを考える男性から身を守るためには、できるだけ良からぬことを考えないようにする、そのために「学生であることをアピール」する、そのための校則です。

(「学生であることをアピール」する意図とは、性犯罪をしようとする人物に対して「相手が学生だと罪が重くなるからやめとこうね」とか、あるいは「できるだけダサくしてそういう対象じゃないようにする」とか。しかしこれ、むしろ逆効果の場合も多々あるのでは?)

何のための校則であり、何故守らなければならないのか?

私の母と祖母は「それが学校の決まりだから」という理由しかありませんでした。

私は「校則そのものが悪い」と考えているわけではない、ということをここに書いておきたいと思います。

(けど、黒と紺の輪ゴム以外禁止はやり過ぎだと思います。日本人の持つ「今よりも改善しようとする心掛け」は良いのだけど、方向を激しく間違うことがあって、これがその一例ではないかと)


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