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約100人乗っても大丈夫でした。

大学を卒業して、某商社に入社した。配属された部署は、建築・建設関係だった。本当は、子供の頃から憧れ、就きたい職業があったが、当時は超就職氷河期で、多くの企業で採用自体が無く、あってもごく少人数しか採用しないため就活が思うようにいかず、投げやりな気持ちになりかけていたときに採用してもらえた商社だった。正直、「名前を聞いたことのある会社だし、入社できればもうどこでもいい」という気持ちだった。だから、商社に入って何がしたいとも、どの部署に入りたい、というものがなかった。

 残業が70時間を超える月もあるほどの激務に追われる日々を過ごしていた入社2年目の冬、取引先のI製作所の勉強会に参加させられた。「やっぱり○ナバ、100人乗っても大丈夫」の、あのイ○バ物置でおなじみのI製作所である。私は一般職だし、部署でI社の製品をメインで取り扱っているわけではないのだが、「電話でお客様から問い合わせがあった時に答えられないといけないから、勉強してきなさい」との部長命令で、無理矢理参加させられた。一泊二日でかなり面倒だなと思ったが、宿泊費や旅費等すべてI製作所負担であること、仲のいい同期M女とH男も行くことになり、楽しみに思えた。

研修は、愛知県の某市にあるI製作所の工場で行われた。参加者は、全国のI社製品取扱商社や販売代理店の人などだった。工場で、社員らから物置についての説明を受け、物置を組み立てるところを見せてもらったあと、参加者を数チームにわけ、実際に物置を組み立てさせてもらった。

夜に懇親会があったが、参加者がおっさんばかりで身の危険を感じたため、ホテルの部屋でM女とH男と3人でお菓子パーティをして過ごした。
 
二日目。全ての研修課程を終え、参加者みんなで記念撮影をすることになった。そして、I社の社員より、「ガレーディア」というモデルのガレージの上に乗るように指示があった。ここにいる参加者が100人ほど。もしかして…?ということは…?とそこへ、どこかで見たことのある男性が歩いて来る。社長である。テレビやカタログでしか見たことのなかった、あのI社の社長がいるではないか。社長というと偉そうなおじさんというイメージであるが、I社長は、にこやかで優しそうだった。
 
衿字に「イナ○物置」と書かれたはっぴを着せられ、はしごを使ってガレーディアの上にのぼる。そんなに高くはないが落ちたらケガをするなと恐怖を感じていると、最前列に座るよう社員に指示された。おそらく、私が若くて美しい女性だったからであろう。座って脚をぷらぷらさせながら、全員がガレーディアにのぼり終えるのをM女と雑談しながら待っていると、「ちょっといいかな?」と頭の上で声がする。振り返ると社長であった。私とM女の間に社長が座り、撮影が始まった。

 その時撮影した写真はテレホンカードにされ、後日、配布された。今でもそのテレホンカードは、一度も使用することなく、大切にしまっている。
ちなみに、実際に何人、ガレーディアの上に乗っていたのか確認すべく、テレホンカードを拡大コピーして人数を数えてみたところ(ヒマか!)、98人であった。むろん、あと2人誰かが乗ったところで、ガレーディアはびくともしまい。だって、「やっぱりイナバ 100人乗っても大丈夫!」なのだから。

伊勢崎を探せ!

※本稿は、2018年に「文芸ヌー」に投稿したものを、一部、加筆・修正したものである。

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