リスク回避のための書面整備とRecordkeeping

皆さまもご存じの通り、アメリカは訴訟社会と言われています。時には、企業相手に訴訟を起こす「成功報酬型の弁護士がいる」と耳にする事もある位、訴訟というものが身近にある文化だと感じる事もあります。今回は訴訟リスクがどういった所に潜んでいるのか、またどの様に回避できるのかという点に着目し、考察してみました。


アメリカにおける差別とその背景
国民が多民族で構成されるアメリカ(多数派の民族が64.9%)では、単一民族国家の日本(98.5%が同一民族)とは異なり様々な文化や考え方があるため、日本の様な「常識や慣例」という観点は一般的ではありません。そのため、異なる思想を持つ人たちが共有できる「分かりやすいルール」が必要となり、アメリカでは法律や規則、制度や仕組みなどの存在が大きいのだと考えられます。

また、アメリカではコミュニケーションを取る際、相手に何かを指摘するのであれば「常識が・・・」「あなたの考え方が・・・」という表現ではなく、「このポリシーに反する」「こういう物理的な危険性がある」という形になる場合が多く、相手やその人の考え方ではなくルールなどに絡める事がほとんどです。

いずれにせよ、アメリカでは様々な民族や思想が存在するために差別が発生しやすい文化背景があり、昔から大きな問題として存在し、アメリカの歴史では差別が関わる出来事も多く語られます。その様な中で、差別を排除するための法律ができるのは必然であり、雇用に関する差別を禁止する公民権法第七条 (Title VII of the Civil Rights Act of 1964)は、ビジネスパーソンにとって身近なものとして挙げられます。


差別の一環であるセクハラ
最近、「#MeeToo movement」というものが大きな話題を呼んでいますが、これは反セクシャルハラスメントの動きとして知られています。日本でも問題視されるこの「セクハラ」ですが、前述の公民権法第七条 (Title VII of the Civil Rights Act of 1964)によると、非差別の対象を “race, color, religion, sex and national origin”としているため、アメリカのセクハラは厳密には差別の一環なのです。

そのため、単に「セクハラ」と言っても日本とアメリカではニュアンスが多少異なるため、その定義や違いに対して正しい理解が必要となります。時折「日本でセクハラ研修を受けて来た」「ウチはセクハラをする様な人はいないから大丈夫」という事を耳にするケースもありますが、中にはアメリカでのセクハラに関して更に理解を深める必要がある場合も考えられます。

何故なら、アメリカでの差別やセクハラは「本人にそのつもりがあったかどうか」ではなく、「相手がどう捉えたか」という事なので、知らぬ間にセクハラをしてしまっている事態も起こり得るからです。

ちなみに、カリフォルニア州では、組織規模が50人以上(全世界で)の企業はカリフォルニア拠点に従業員が1人でもいると、スーパーバイザーはセクハラ研修をしなくてはならないので、注意が必要です。また、ニューヨーク市でも反ハラスメントに関して議会に上がっているものがあり、近々新たなレギュレーションが施行される可能性がある様です。


訴訟/申し立てとリスク回避
私たちが日頃耳にする差別関連の訴訟は、影響範囲や賠償請求金額が大きいなど、際立った事例がほとんどですが、それ以外は問題が発生して無いのかというと、もちろんそういう訳ではありません。通常、従業員や元従業員が勤務先に対して問題を感じた場合、EEOC (Equal Employment Opportunity Commission =雇用機会均等委員会)に対して申し立てを行います。

この件数は2017年で84,254件、ここ3年の平均で88,380件である一方で、この内の約65%は”No Reasonable Cause”という事で無効となっています。つまり、年間約3万件はプロセスが進んでいると考えられるため、企業がEEOCから監査を受けるケースは相当数あると考えられます。

監査が入った場合は社内の様々な書面が見られるため、必要な書類が無い事や内容が不足してしまっている状況は致命的であり、必要書面の整備が最も不可欠であると考えられています。HRの観点では、従業員ハンドブックが最も重要視されていますが、それは必要な項目が無い、あるいは内容が不足している場合などに、「この会社はレギュレーションを遵守していない会社だ」とみなされてしまう恐れがあるからです。

「ウチの規模ではまだちゃんとしたものは必要ない」という事でハンドブックが無い、または「ウチは〇〇になりそうな問題が起こって来なかったから〇〇の項目は必要ない」という事で内容が不十分などといったケースを耳にする事がありますが、問題が起きた際に会社側が不利にならないため、また問題を未然に防ぐためにも、従業員ハンドブックを正しく整備する事は非常に重要だとされています。

他にも、職務や給与の問題などを防ぐためにジョブディスクリプションを正しく作る事(例えば「聞いていた役割や給与以上に働かされているので、その分の未払い給与が欲しい」と言われないため)や、解雇の際に評価結果を要因にするのであれば正しい評価記録を残す(評価が悪いという事で解雇をした所、履歴を見たら良い評価結果になっているという矛盾を防ぐ)など、書面や制度、その記録(Recordkeeping)がリスク回避において大切な役割を果たします。


アメリカのリスクマネジメントでは、「どの方面にリスクが潜んでいるのか」を知り、正しい準備をする事がポイントとなり、そのためには、アメリカのビジネス文化や基本的なレギュレーションを知る必要があります。

4月になり、新たな年度を迎えられた組織も多いのではないかと思いますが、マネジメントの皆さまは、基本事項や正しい知識を再確認するタイミングとされてみてはいかがでしょうか。(2018年3号)


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