見出し画像

第二大函丸の僚船『奥尻丸』

『奥尻丸』『第二大函丸』と同じように奥尻航路に就航。
稚内港での写真は、''代船''として停泊しているか、又は、奥尻航路退役後、1977年(昭和52)9月(船舶表参照)までの期間に撮影された可能性があります。残念ながら運航資料が確認できません。

OKUSHIRI MARU/奥尻航路初となるフェリー型連絡船

奥尻丸
■総トン数 306トン
■馬力 1000馬力
■旅客定員 200名
■車両積載数 乗用車22台/バス2台
■就航(奥尻航路) 1967年(昭和42)6月20日 
■退役(奥尻航路) 1975年(昭和50)1月17日
※船舶表によると同船の退役は、1977年(昭和52)9月の記述あり

奥尻航路就航当日(1967年)6月20日の奥尻港 写真出典:ふるさと奥尻通信 第60号
「奥尻丸」出航見送り(1967年頃/奥尻港) 写真出典:ふるさと奥尻通信 第60号
「奥尻丸」の船内売店 写真出典:ふるさと奥尻通信 第106号
「奥尻丸」模型(稲穂ふれあい研修センター/奥尻島) 
稚内港に係留中の「奥尻丸」

参考・引用文献
・ハートランドフェリー船舶表
・ふるさと奥尻通信 第60号/奥尻町教育委員会発行
・ふるさと奥尻通信 第106号/奥尻町教育委員会発行

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?