まちづくりの歴史を知ること

まちづくりの仕事をしている中で歴史の大切さを都度感じているが、具体に調べたことはなかった。

備忘録的にまとめたい。
そもそもまちづくりって何?って聞かれた時に切り口が幾つもあるので難しい笑
自分の頭の中を一旦アウトプット。

ルーツ的に辿ると、戦後日本では住宅不足のため国が積極的に住宅をつくった。いわゆる公営住宅というもので日本住宅公団(現UR都市機構)が国の下に特殊法人として作られ、団地と言われる主に賃貸用の住宅を全国につくった。(市町村管轄の団地もある。市営団地など)

日本ではその後、景気を良くするために不動産に注目し持ち家政策を推進した。
住宅すごろくとも言われ、賃貸アパート→団地→郊外庭付き戸建→あがりってやつ笑

引用元:https://www.skeleton.gr.jp/new_apartment/4.htm

ドイツも同じく第二次世界大戦後、深刻な住宅不足を補うため同様に賃貸住宅が国家主導でつくられたが新築持ち家にはあまり繋がっていない。というか繋げていない。

労働させ、ローンを組ませて、また労働させることでGDPアップに繋がるので国は新築を優遇し住宅ローン減税なるものが登場。笑

銀行の預金通帳マジックにより住宅ローン融資は景気政策に繋がった。それを伸ばすべくマスメディアは日本人は新築志向などと染め上げた節があると言われてる。そんでもって35年ローンで郊外に戸建住宅を購入し、1時間かけて通勤するスタイルが確立。

マスメディアにより、持ち家を憧れの対象とし、不動産のハコを買ってカイシャインは企業に囚われて毎日1時間かけて通勤し搾取されるある種の新たな支配スタイル。

同時にアメリカでも開発によるハコづくりがメインに置かれた中、人の豊かさってなんやっけ?ってなる。有名なのがジェイン・ジェイコブスの著書「アメリカ大都市の生と死」。

これにより都市計画による開発型のいわゆる「街づくり」だけでは人って幸せじゃないよねってなり、日本でも少しずつ街づくりのアンチテーゼとして「まちづくり」という言葉が現れた。

かつ、それを行政主導ではなく住民主体でやるべきだという話になり、有名なのが世田谷での取り組み

そこから住民主体のまちづくりが全国に広がっていった。
最初は住民が集まって合意形成型のまちづくりが進んだ。地域の有力者的な人や町会が集まり、祭りの実施やビジョン策定の話をして合意形成のプロセスが重要視され、「コミュニティデザイン」として山崎亮氏による取り組みが広がる。

その後、既存建物をリノベーションして活用してまちのためになる事業を作ろう!という半ば起業塾のようなノリでリノベーションスクールが展開される。

そして最近ではウォーカブルシティや官民連携、PPP/PFIが盛り上がってきているといった状態。

ざっとまちづくりの流れをまとめてみた。
違っている点あれば教えてください^ ^

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