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火球に消えた男

彼にはそんな願望が確かにあった。
消えたい。
もう充分だ。
そう思ってはいてもそれを選びたくはないとも。

ある日、夜道を歩いていた彼はゼロに還った。
何かを頭上に感じた瞬間のことだった。

同日この地方ではその時刻に光を放ちながら斜めに飛ぶ流れ星のようなものの目撃情報が多数あり(ネットには火球だとそれを撮したという画像があふれた)、この地域では直後に衝撃波を感じたとの情報も多く寄せられていることからおそらく流れ星・火球・隕石が落下・衝突したのだろうと思われ、付近を警察などが調べたところ道路上に小さなくぼみと煤けたような痕跡、いくつかの布などの断片が発見された。
後の調べによると布の断片などが衣服やバッグなどのものと思われること、数日後警察に提出された失踪届など関係者の情報からある男性の不在が浮上しており、彼がこの火球による被害者である可能性もあるとして他の事件性などを含め引き続き調査しているという。

だが仮にそれが流星かつとても小さな欠片によるものだったとしても、大気圏突入の摩擦によっても燃え尽きなかった物体の落下エネルギーで本来なら相当の被害があったはずで、被害が道路の小さなくぼみだけである説明がつかない。
ある専門家によると彼にはほとんどを受け容れられる状態にあったためエネルギーの全てを吸収し、それ以外の被害がなかったのだろうという。

その後1か月以上しても調査・捜査に進展はなく、ほんの一時TVやネットなどで取り上げられた事件そのものはすぐに忘れ去られた。
半年経っても彼は発見されないままで、彼の近縁者には悲しみと何の解答もない未消化な思いだけが残った。

これら彼の不在理由は全て推定によることで、事実認定による失踪などの確定とそれに基づく保険適用などはしばらく後のことになるが、それは別の話。

事実や真相はどうあれ彼はゼロに還った。
臨んでいたものを得たのかもしれない

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