「努力は必ず報われる」を分解してみる

少し前の話だが,競泳の池江璃花子選手が4月に行われた日本選手権で4冠を達成し,東京オリンピック日本代表に決まった。
池江選手と言えば,2019年2月に急性リンパ性白血病と診断され,約10ヵ月間入院。入院中は,抗がん剤治療の副作用で,嘔吐を繰り返すなど,過酷な闘病生活を送り,一時は10kg以上体重が落ちたそうだ。リハビリを経て,水中練習を再開したのは2020年3月。そこから1年余りで世界屈指の水泳強豪国,日本のオリンピック代表に選出された。
池江選手の代表入りは,医師を含めた関係者たちを大きく驚かせた。当然この快挙の裏には,池江選手の計り知れない努力があるわけで,派遣標準記録を突破して優勝したレース後のインタビューでは,「努力は必ず報われる」とコメントしていた。

池江選手の復活劇に誰もが感動し,称賛の嵐かと思いきや,このインタビューでの発言が一部の人たちの間で物議を醸すこととなった。「世の中努力しても報われない人はいる」,「もともと恵まれている人が努力を語るな」など,いくつかの批判的なコメントをSNS等で目にした。

競技スポーツの世界にいると,度々「努力と才能」について考えさせられる。そして,現場では努力という言葉が飛び交っている。だからこそ,結果を求める人たちは努力する。しかし,才能と“思われる”壁にぶち当たる人が大半。そんな人たちは,このいくつかの批判的なコメントに対して,表立って賛同することはないにせよ,内心は同調できる部分もあるのではないだろうか。

そもそも「努力」とは何だろうか。
スポーツで日本一を目指す取り組み,東大を目指す取り組みなど,レベルの高い場所を目指す取り組みだけが「努力」ではない。大きい,小さいに関係なく,なりたい自分を目指す取り組みは全て「努力」と定義づけて問題ないだろう。定期考査で9割とるために3週間前から始める勉強も努力,赤点を取らないように前日から始める勉強も努力,体重を増やさないように毎日ジョギングすることも努力,花を枯らさないように毎日する水やりも努力などなど,何だって「努力」だと思う。つまり,この世の中,「努力」しないで生きてる人なんてほぼほぼいないのではないだろうか。

ここで少し話はそれるが,ヒトの30億の塩基対のうち,ひとりひとり特有なものはごくわずかで,遺伝子の約99.9%は隣の人と似通っているという。さらに実際に使われている部分は2%程度しかないそうだ。そして,眠っている遺伝子は,外部環境が変われば動き出すという。

ここに「努力は必ず報われる」の答えがありそうな気がする。これはあくまでも感覚的な話だが,0.1%の違いがいわゆる「才能」であり,これは後天的に変えることは出来ない。しかし,その他の99.9%が同じで,そのほとんどが使われていないとなると,一見すると才能豊かな池江選手のような存在と,我々一般人の差は,使われている遺伝子の割合の差なのかもしれないと考えることができる。そして,眠っている遺伝子を呼び起こす作業が努力だとすれば,努力値(努力の質×努力の量=努力値)に比例して,発揮される能力が高まることは当然ではないだろうか?(一般的に使われている遺伝子が2%となると,それを3%にするには,尋常ではない努力が必要そうではあるが…。)
つまり,「努力は必ず報われる」という言葉は,確かであると私は考える。もう少しかみ砕いて言えば,「質の高い努力をライバルよりたくさんすれば,ライバルよりも高いパフォーマンスを発揮できる」ということだろう。より良い結果のために努力をするのであれば,努力は自己満足ではなく,他者以上でなければならないということだ。

池江選手は,病気になる以前から,質の高い努力をこちらの想像を超える量しているのだろう。もちろん,同じ舞台を泳いだライバルたちの努力値も計り知れないが,池江選手はそれ以上なのだろう。そうでなければ,0.1%の違いによって,大病後わずか1年でオリンピックレベルのパフォーマンスは不可能だ。月並みな言葉で申し訳ないが,池江選手は本当に凄い。

各業界のトップはしばしば,ここでの考え方を裏付けるコメントをする。
元AKB48の大島優子さんは,情熱大陸のインタビューで「大島さんと同じように努力すれば,誰もが大島さんのようになれますか?」という問いに対して,「なれますね。ただし同じ努力は簡単にはできないと思うけど」と即答したそうだ。努力に対するこの自信,3%以上の遺伝子が使えているのだろう。
元メジャーリーガのイチロー選手は,自分を「天才ではない」と言う。どうしてヒットを打てるか説明できるから。そんなイチロー選手について,堀江貴文さんは,「誰でもできること」を「誰にもできないほどの量」を継続したから結果を出せたのだと言う。天才と思われている人を,天才と思われている人が評するとこういう言葉になる。
東京オリンピック男子体操で補欠となった杉野選手は,初めて日本代表候補の合宿に参加した際,内村航平選手と白井健三選手の取り組みを見て,自分は努力がまだ足りていないと感じたそうだ。日本代表候補にまで上り詰めるまでに相当の努力があったはずだが,世界を獲る内村選手,白井選手の努力値は,まだまだ高いところにあったということだ。

10000人の競技者がいるスポーツで一番になりたければ,他の9999人以上に努力値を上げればいい。東大に入りたければ,受験当日までに他の受験生より努力値を稼げばいい。それが「努力は必ず報われる」の正体ではないだろうか。


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